人嫌いと聞いていた王太子様が溺愛してくるのですが?~王太子妃には興味がないので私のことはどうぞお構いなく~
           ◇◇◇

「ミラ、お願いがあるの」
 図書室へ通うようになってしばらく経ったある日の夕方。私は真剣な顔でミラに言った。
「あのね、今夜は絶好のお月見日和なの。だからちょーっと外に出たいなって思うんだけど協力してくれない?」
「……えっ、正気ですか」
 部屋の掃除をしていたミラが手を止め、信じられないという顔で見てくる。
 そんな彼女に私は両手を合わせて頼み込んだ。
「お願い! 出掛けさせて!」
 我ながら必死である。
 星や神話に関する本が好きな私だが、実は星そのものを眺めるのも好きなのだ。
 何故か。それは前世に由来している。
 前世の趣味はソロキャンプ。
 ひとりでキャンプをし、のんびり夜空を眺める。ストレス発散にソロキャンプは最適だった。
 前世ではストレスが溜まるたび、ソロキャンプへ出掛けていたものだ。
 お陰で天体にはかなり詳しくなった。それは今世も同じで、相当知っている方だと思う。
 そしてその知識から、今夜が満月だと知ったのだ。
 満月。満月と言えば、月見だ。
 月見をしたい。絶対にしたい。
 後宮という場所に閉じ込められ……は言いすぎかもしれないけれど、ずっと同じ場所にいるのは思う以上にストレスが溜まるのだ。
 月くらい見に行っても罰は当たらないと思う。
「ミラは私の趣味が天体観測だって知ってるでしょ。たまには夜空を眺めたいのよ。ほら、月が私を呼んでいるの。見においで~って」
「月はそんな馬鹿みたいなことを言いません。お嬢様の妄言には付き合っていられませんね」
「ミラが酷い!」
「酷くて結構です。……本気で行くつもりですか?」
「駄目?」
 じっとミラを見つめる。
 お願いという気持ちで彼女を見ると、ミラは「う」と言いながら目を逸らした。
 ミラも分かっているのだ。
 天体観測が私のストレス発散方法だと。
 前世も今世も私のストレス発散方法は変わらない。
 とにかくストレスが溜まると、ひとりで夜空を眺めたくなるのが私なのだ。
 本を読んだり散歩をしたりもいいけれど、それだけでは溜まったストレスは発散しきれない。
 屋敷にいた時もよくひとりで外に出て、ぼんやりと夜空を眺めていた。
 それに付き合ってくれたのがミラで、彼女はいつだって文句を言いながらも、私をそっと屋敷から出してくれたのだ。
「お願い! もうめちゃくちゃストレスが溜まってるの! 星とか月とか見たい!」
 再度手を合わせてお願いする。ミラは、渋りはしたものの最後には頷いてくれた。
「……ああもう、分かりましたよ」
 どうやら彼女の目から見ても私は相当ストレスを溜め込んでいたらしい。
 許可をくれたミラにお礼を言い、早速準備を始める。
 すっかり浮かれ気分で、鼻歌まで出てしまう始末だ。
 だってお月見なんて習慣はこの世界にはない。
 つまりはひとりだけで夜空を堪能できるのだ。
 ――ああ、早く夜になって欲しい。
 そして星々を心ゆくまで眺めたい。
 ウキウキな気持ちで夜を待つ。もうこれだけで溜まったストレスの半分は解消された心地だった。
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