「恋愛ごっこ」してみませんか?ー恋愛に不向きなあなたのために!
第4話 「恋愛ごっこ」のはじまり
『恋愛ごっこ』の約束をした次の日の昼休み、廸から携帯にメールが送られてきた。
[吉田様 今週の土曜日午後1時、銀座線浅草駅の改札口でお待ちします。若狭廸]
第1回目のデートの場所は浅草か、悪くない。すぐに返信メールを送った。
[若狭様 了解しました。吉田進]
◆ ◆ ◆
約束の日、僕は銀座線に乗って浅草駅で下車して、改札口に向かった。銀座線浅草駅の改札口は1か所だけだった。
僕は約束の午後1時の15分前に到着したのだが、改札口では廸が待っていてくれた。ずいぶん早くから来ていたのかもしれない。人を待たせない彼女に好感を持った。また、自分に気を使ってくれていると思うとそれが嬉しかった。
改札口の外から僕を見つけると廸は嬉しそうに微笑んでいる。
「待たせてすまなかったね。それにこの駅は改札口がひとつなんだね。さすが若林さんだ」
「お待たせすると悪いと思って早めに出かけてきました。お気になさらないで下さい。じゃあ、行きましょう。お天気が良くてよかったです」
そういうと廸は地上へ向かって歩き出した。僕は一歩遅れて彼女の後についていった。地上へ出ると、僕は彼女の横に並んで歩いた。
廸が一瞬僕の方を見たようなので、僕が目をやると目を合わさずにすぐに前を向いた。それから彼女の手が僕の手に触れた。迷いながら恐る恐るといった感じで手を差し出したみたいだった。それが分かったので、僕はそっと手をつないだ。
彼女に恥をかかせてはいけない。とっさにそう思ったからだ。勇気を出して手を差し出してくれたんだ。『ごっこ』には『ごっこ』で答えなければならない。それが『恋愛ごっこ』の当然の約束事だと思った。
僕は横目で彼女を見た。僕がそうしたことで驚いたみたいだったが、嬉しそうに僕の方を見た。目が合った。はにかんだ彼女がとてもかわいいと思った。僕は微笑んだつもりだったが、緊張していたので、彼女には微笑みに見えたかどうか分からない。
彼女はそのつかんだ手を振り始めたから、やはりはにかんでいたのだと思う。それに合わせて僕もゆっくり手を振った。大通りに出ると雷門が見えてきた。
「久しぶりに浅草へ来た。ずいぶん人が多いね」
「東京の人気な観光地のひとつですから。なかなか来る機会がなかったので、私も久しぶりです」
「確かに一人ではなかなか来ないね。二人で来るのにはよいところだ。ありがとう。せっかくだからお参りしよう」
土曜日の午後、それも天気が良いから人出も多い。ほとんどが観光客だと思う。外国人も目に付く。まるで雑踏の中を歩いているみたいだ。だから二人で歩くとなると近く寄り添って歩かなければならない。つないだ手をしっかり握りしめて彼女を引き寄せる。
彼女もしっかり僕の手を握りしめている。手というのは自分の感情を相手に伝える格好のツールなのだとその時初めて気が付いた。ひょっとすると言葉以上に気持ちを伝えられるのかもしれない。
常香炉のところへ来たので、二人で線香の煙を浴びた。彼女は僕の頭に煙を手で送ってくれた。お返しに僕も彼女に煙を送った。それから階段を上って本堂にお参りした。
廸は僕よりも長く拝んでいた。廸はどんな願いごとをしたのだろう。それは聞かないでおいた。僕はこの『恋愛ごっこ』がこれからも続くことをお願いした。もし「どんなことをお願いしたのですか?」と聞かれたらそう答えたところだったが、彼女も聞いてこなかった。まだ、遠慮があるのだろう。
「これからどうする?」
「『浅草花やしき』に行ってみたいのですが、どうですか? 私は行ったことがないので」
「遊園地だと聞いたことがあるけど、僕も行ったことがないのでいいね。行ってみようか?」
入場してみるとやはり遊園地だった。小規模ながらジェットコースターが目についた。僕はジェットコースターのような乗り物は苦手だ。時々テレビで紹介されているような大規模なジェットコースターに乗ったら、きっとおしっこを漏らしてしまうと思っている。
「ローラーコースターに乗りませんか?」
ローラーコースターというんだ。廸が誘ってきた。苦手だから乗れないとは口が裂けても言えない。でもここは『ごっこ』に付き合うことにした。
規模は大きくないが確かにジェットコースターだった。僕には十分過ぎるほど迫力があったが、隣に座った彼女はすごくはしゃいで楽しんでいた。ほとんど目をつむっていたかもしれないが、何とか彼女に醜態を見せることなく乗り終えた。でも降りてからすぐに言われてしまった。
「結構、怖がりなんですね」
苦笑いをしてごまかした。弱みを握られたみたいだが、それもよしとするか? でも、さらに彼女は誘ってきた。
「お化け屋敷どうですか?」
僕は小さいときから今もとても怖がりだ。テレビでもそういう番組は絶対に見ない。お化け屋敷で彼女に抱きつかれるのは悪くないかもしれないが、偽物だと分かっていても、怖いからこちらが抱きつく可能が高い。これ以上、醜態は見せられないので正直に話すことにした。
「とても怖がりなので自信がない。若狭さんに抱きつかれるのも悪くないが、やっぱりやめておこう」
「私も怖がりなので止めておきましょう」
それを聞いてほっとした。それから、僕は無難な乗り物を探した。そしてメリーゴーランドに廸を誘った。二人は隣同士でまたがって『恋愛ごっこ』を楽しんだ。それからは二人手をつないで園内のほかのアトラクションを見て回った。もう二人は自然に手をつなぐことができた。
ゆったりとした時間が過ぎていった。ただ、あまり会話らしい会話はしていなかった。レストランでコーヒーを飲み終えたらもう4時を過ぎていた。
「どこかで一緒に夕食を食べないか?」
「レストランではなくて、軽く食べられるようなところはどうですか? 1回目からレストランでの夕食となると、このあと毎回場所を考えなければならなくなりませんか? 気軽に入れるお店でどうですか?」
「とはいうものの、しゃれた店へ君を連れていきたい気持ちはあるけど」
「続かなくなりますから、あまり考えすぎない方がよいと思います」
廸はこの『恋愛ごっこ』を続けたい意思を明確に示してくれた。これに応えなくてはいけない。
「それなら、僕がよく行くビアレストランでどうかな? 生ビールでも飲みながら何かつまんで食べるというのは?」
「いいですね。少しアルコールが入った方がよいかもしれませんね」
それで新橋駅近くのビアレストランに行くことにした。僕の会社は虎ノ門にあり、そこは会社の連中とよく飲みに行くところだったが、土曜日だから会社の人は来ていないだろう。
地下鉄から出てくるともう陽が陰って薄暗くなりかけていた。時間が早いせいか混んではいなかった。これならゆっくり飲みながら話ができそうだ。生ビールのジョッキの大を二つとつまみは僕にまかせるというので3品ほど見繕って注文した。
すぐにビールがテーブルに届いて乾杯をする。喉が渇いていたからか、とてもうまい。廸は飲みっぷりがよい。もう1/3ほど飲んでいる。
「歩きまわったから喉が渇いていたみたい。生ビールは最高ね」
「ああ」
「今日は付き合っていただいて、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。久しぶりに若い女性とデートできて楽しかった。遊園地は良いね」
「気に入ってもらえてよかったです」
「僕はどこでも気にしないから、あまり考え過ぎなくていいよ」
「そうします。でないと続きませんから。それで2回目は1週置いて再来週の土曜日でどうですか?」
「1週空ける?」
「毎週じゃあ、ちょっと窮屈な感じがしませんか? ほかにも用事がありませんか?」
「僕は特段ないけど」
「私もほかの誰かとも『恋愛ごっこ』をしている訳ではありませんが、1週間くらい空けた方が長続きすると思います。あまり負担になっては長続きしないような気がします」
「確かにそうかもしれない。毎週だと話すことがなくなることもあるかもしれないし、ただ、あまり間隔が空くと疎遠になる感じがするので、そのくらいがちょうど良いのかもしれないね。それでいいよ、そうしよう」
彼女は僕たちの『恋愛ごっこ』を長続きさせたいと思っていてくれている。その気持ちを大切にしなければいけないと思った。
[吉田様 今週の土曜日午後1時、銀座線浅草駅の改札口でお待ちします。若狭廸]
第1回目のデートの場所は浅草か、悪くない。すぐに返信メールを送った。
[若狭様 了解しました。吉田進]
◆ ◆ ◆
約束の日、僕は銀座線に乗って浅草駅で下車して、改札口に向かった。銀座線浅草駅の改札口は1か所だけだった。
僕は約束の午後1時の15分前に到着したのだが、改札口では廸が待っていてくれた。ずいぶん早くから来ていたのかもしれない。人を待たせない彼女に好感を持った。また、自分に気を使ってくれていると思うとそれが嬉しかった。
改札口の外から僕を見つけると廸は嬉しそうに微笑んでいる。
「待たせてすまなかったね。それにこの駅は改札口がひとつなんだね。さすが若林さんだ」
「お待たせすると悪いと思って早めに出かけてきました。お気になさらないで下さい。じゃあ、行きましょう。お天気が良くてよかったです」
そういうと廸は地上へ向かって歩き出した。僕は一歩遅れて彼女の後についていった。地上へ出ると、僕は彼女の横に並んで歩いた。
廸が一瞬僕の方を見たようなので、僕が目をやると目を合わさずにすぐに前を向いた。それから彼女の手が僕の手に触れた。迷いながら恐る恐るといった感じで手を差し出したみたいだった。それが分かったので、僕はそっと手をつないだ。
彼女に恥をかかせてはいけない。とっさにそう思ったからだ。勇気を出して手を差し出してくれたんだ。『ごっこ』には『ごっこ』で答えなければならない。それが『恋愛ごっこ』の当然の約束事だと思った。
僕は横目で彼女を見た。僕がそうしたことで驚いたみたいだったが、嬉しそうに僕の方を見た。目が合った。はにかんだ彼女がとてもかわいいと思った。僕は微笑んだつもりだったが、緊張していたので、彼女には微笑みに見えたかどうか分からない。
彼女はそのつかんだ手を振り始めたから、やはりはにかんでいたのだと思う。それに合わせて僕もゆっくり手を振った。大通りに出ると雷門が見えてきた。
「久しぶりに浅草へ来た。ずいぶん人が多いね」
「東京の人気な観光地のひとつですから。なかなか来る機会がなかったので、私も久しぶりです」
「確かに一人ではなかなか来ないね。二人で来るのにはよいところだ。ありがとう。せっかくだからお参りしよう」
土曜日の午後、それも天気が良いから人出も多い。ほとんどが観光客だと思う。外国人も目に付く。まるで雑踏の中を歩いているみたいだ。だから二人で歩くとなると近く寄り添って歩かなければならない。つないだ手をしっかり握りしめて彼女を引き寄せる。
彼女もしっかり僕の手を握りしめている。手というのは自分の感情を相手に伝える格好のツールなのだとその時初めて気が付いた。ひょっとすると言葉以上に気持ちを伝えられるのかもしれない。
常香炉のところへ来たので、二人で線香の煙を浴びた。彼女は僕の頭に煙を手で送ってくれた。お返しに僕も彼女に煙を送った。それから階段を上って本堂にお参りした。
廸は僕よりも長く拝んでいた。廸はどんな願いごとをしたのだろう。それは聞かないでおいた。僕はこの『恋愛ごっこ』がこれからも続くことをお願いした。もし「どんなことをお願いしたのですか?」と聞かれたらそう答えたところだったが、彼女も聞いてこなかった。まだ、遠慮があるのだろう。
「これからどうする?」
「『浅草花やしき』に行ってみたいのですが、どうですか? 私は行ったことがないので」
「遊園地だと聞いたことがあるけど、僕も行ったことがないのでいいね。行ってみようか?」
入場してみるとやはり遊園地だった。小規模ながらジェットコースターが目についた。僕はジェットコースターのような乗り物は苦手だ。時々テレビで紹介されているような大規模なジェットコースターに乗ったら、きっとおしっこを漏らしてしまうと思っている。
「ローラーコースターに乗りませんか?」
ローラーコースターというんだ。廸が誘ってきた。苦手だから乗れないとは口が裂けても言えない。でもここは『ごっこ』に付き合うことにした。
規模は大きくないが確かにジェットコースターだった。僕には十分過ぎるほど迫力があったが、隣に座った彼女はすごくはしゃいで楽しんでいた。ほとんど目をつむっていたかもしれないが、何とか彼女に醜態を見せることなく乗り終えた。でも降りてからすぐに言われてしまった。
「結構、怖がりなんですね」
苦笑いをしてごまかした。弱みを握られたみたいだが、それもよしとするか? でも、さらに彼女は誘ってきた。
「お化け屋敷どうですか?」
僕は小さいときから今もとても怖がりだ。テレビでもそういう番組は絶対に見ない。お化け屋敷で彼女に抱きつかれるのは悪くないかもしれないが、偽物だと分かっていても、怖いからこちらが抱きつく可能が高い。これ以上、醜態は見せられないので正直に話すことにした。
「とても怖がりなので自信がない。若狭さんに抱きつかれるのも悪くないが、やっぱりやめておこう」
「私も怖がりなので止めておきましょう」
それを聞いてほっとした。それから、僕は無難な乗り物を探した。そしてメリーゴーランドに廸を誘った。二人は隣同士でまたがって『恋愛ごっこ』を楽しんだ。それからは二人手をつないで園内のほかのアトラクションを見て回った。もう二人は自然に手をつなぐことができた。
ゆったりとした時間が過ぎていった。ただ、あまり会話らしい会話はしていなかった。レストランでコーヒーを飲み終えたらもう4時を過ぎていた。
「どこかで一緒に夕食を食べないか?」
「レストランではなくて、軽く食べられるようなところはどうですか? 1回目からレストランでの夕食となると、このあと毎回場所を考えなければならなくなりませんか? 気軽に入れるお店でどうですか?」
「とはいうものの、しゃれた店へ君を連れていきたい気持ちはあるけど」
「続かなくなりますから、あまり考えすぎない方がよいと思います」
廸はこの『恋愛ごっこ』を続けたい意思を明確に示してくれた。これに応えなくてはいけない。
「それなら、僕がよく行くビアレストランでどうかな? 生ビールでも飲みながら何かつまんで食べるというのは?」
「いいですね。少しアルコールが入った方がよいかもしれませんね」
それで新橋駅近くのビアレストランに行くことにした。僕の会社は虎ノ門にあり、そこは会社の連中とよく飲みに行くところだったが、土曜日だから会社の人は来ていないだろう。
地下鉄から出てくるともう陽が陰って薄暗くなりかけていた。時間が早いせいか混んではいなかった。これならゆっくり飲みながら話ができそうだ。生ビールのジョッキの大を二つとつまみは僕にまかせるというので3品ほど見繕って注文した。
すぐにビールがテーブルに届いて乾杯をする。喉が渇いていたからか、とてもうまい。廸は飲みっぷりがよい。もう1/3ほど飲んでいる。
「歩きまわったから喉が渇いていたみたい。生ビールは最高ね」
「ああ」
「今日は付き合っていただいて、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう。久しぶりに若い女性とデートできて楽しかった。遊園地は良いね」
「気に入ってもらえてよかったです」
「僕はどこでも気にしないから、あまり考え過ぎなくていいよ」
「そうします。でないと続きませんから。それで2回目は1週置いて再来週の土曜日でどうですか?」
「1週空ける?」
「毎週じゃあ、ちょっと窮屈な感じがしませんか? ほかにも用事がありませんか?」
「僕は特段ないけど」
「私もほかの誰かとも『恋愛ごっこ』をしている訳ではありませんが、1週間くらい空けた方が長続きすると思います。あまり負担になっては長続きしないような気がします」
「確かにそうかもしれない。毎週だと話すことがなくなることもあるかもしれないし、ただ、あまり間隔が空くと疎遠になる感じがするので、そのくらいがちょうど良いのかもしれないね。それでいいよ、そうしよう」
彼女は僕たちの『恋愛ごっこ』を長続きさせたいと思っていてくれている。その気持ちを大切にしなければいけないと思った。