やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
12章
夏休み初日。

土曜日の午前、私は白衣に緋色の袴姿だった。

セミが元気よく鳴く境内で、私はひとり箒をもって掃除をしている。

「今日は一段と暑いなぁ……」

空は快晴で、燦々と輝く太陽が、威勢よく陽光を大地に降り注がせていた。

なんか、夏休みに入ったとたん、急に温度が五度ほど上がったような……。

そんな気が滅入るような環境の中、私は必死に口元に笑みを作りつつ、石畳に積もった落ち葉をせっせと箒で掃いている。

本殿で今、ご近所さんがお参りをしている姿が見え、私はしんどそうな顔が出来なくなってしまったんだ。

「巫女はいつも巫女であれ――」

そんなお父さんからの、よくわからないような、わかるような言葉を、幼いころからいい聞かされてきた私は、お参り客がいる前ではいつも笑顔でいる癖がついていた。

――美雨、巫女ってのは神さまに仕える人のことをいうんだから、みなさまのお手本にならなきゃいけないんだよ。

亡くなったお祖母ちゃんからも、よくそんなことをいわれたっけ。

私はそんなことを思い出しながら、手で額の汗を拭う。

「もうすぐ、二時間が経つ……もうすぐだぁ」

そうして、私は今月のバイト代の計算を、頭の中でせっせと始めるのだった。

最近までは、時給900円だったこの巫女バイトも、今では兵庫県の最低賃金に合わせて1001円になっている。

といっても、神主のお父さんのポケットマネーから支払われるだけなんだけど。

それでも、やっぱり仕事の対価としてお金をもらえるのはとっても嬉しいこと。

私はお給料という名のお小遣いをもらったら、じつは買いたい物があった。

それの価格は、千円以下から一万円以上とピンキリなんだけど、出来ればふたつ買いたいから、どうしても巫女バイトで一万円以上は稼いでおきたかったんだ。

そのとき、ちょうど正午を知らせるベルが、スマホから鳴った。

私が自分でセットした、バイト終了の合図。

「お、終わったぁ……」

午前の仕事を終え、私は無理くりな笑顔を作ったままなんとか部屋に戻る。

するとまた、スマホからあるメッセージが届く。

「ええ、うそぉ」

それは、ユーチューブからのお知らせだった。

私はビックリしてスマホをマジマジと見つめる。

推しのユーチューバーが、午後一時から生配信をはじめるんだそう。

「普段は……木曜日の夜だけなのに」

そう、それはオーランド様のチャンネルで。

木曜日の夜、それ以外で生配信があるなんて、今までにはなかったはずだ。

「どうしたんだろう、オーランド様」

私は不思議に思いつつ、部屋の時計をあおぎ見た。

生配信がはじまるまで、まだ四十分ほど時間がある。

「間に合うかな、いや、間に合わすんだ、私っ」

ともあれ、オーランド様の生配信は、いつもベッドでゴロゴロ見ると決めていた。

だから、木曜日の夜と同じように、私はまずお風呂とお昼ご飯を終わらせることにした。

そして、午後一時までに、ベッドでスタンバイすることにしたんだ。


「そろそろだね」

うつ伏せの私は枕に顎を乗せ、前髪の隙間からスマートフォンを眺める。

キャア。

「オーランド様」

画面にスポーティなシャツとハーフパンツに身を包む金髪碧眼の美男子が登場した。

白い壁を背景に、今日はヨガマットの上であぐらをかいて座っている。

『みんな元気かい? 今日もとびきり暑いよね。ところで、そろそろみんなは気づいたかな? 女の子は水とパンとボクさえあれば生きていけるってことを、フフフ』

今日も彼の軽妙なトークからはじまって、画面越しに白い歯を見せて手をふってくる。

キャアア。

私はいつものようにきゅんとし、ベッドに乗せた両足をバタバタさせた。

やっぱりオーランド様って、素敵だな。

なんかいつも纏っている空気が爽やかで軽くって、見ているこっちも元気になる。

ああ、今日はどんな話をしてくれるんだろう。

『ご覧の通り、今日は緊急で動画を回してるんだ。じつはボクの大事なお友達から、ある悩みを打ち明けられてね』

すると、ヨガマット上のオーランド様が、顔の横に人差し指を持ってきた。

『その男の子は、どうも気になる女の子を前にすると、緊張で体が硬くなっちゃうみたいなんだ。気持ちはよくわかるよね。でも、緊張っていうのはそのほとんどが、ポテンシャル以上によく見せたいっていう我欲の表れだよね』

オーランド様が画面越しにニッコリと笑う。

私は胸をときめかせつつ、彼の次の言葉を待った。

『じつはボクにもね、あるコンプレックスがあるんだ。今日は視聴者のみんなにだけ、ボクの秘密を打ち明けるよ』

オーランド様が少し間を置いてから、ゆっくりと口を開く。

『ボクの本名はじつは、桃山陸太郎っていうんだ。フフフ、ボクはずっと名前にコンプレックスを持っていたんだ。幼少期は桃太郎ってあだ名で、クラスメイトにはよくからかわれたもんだよ』

そこでオーランド様が、自分の源氏名にまつわる話をする。

オーランドという名前は、じつは桃山の桃と、陸太郎の陸、から来ているんだと。

桃はアルファベットのOみたいだからオーで、陸太郎の陸が英語でランド。

だから、ボクはオーランドって名乗ることにしたんだ、とみんなに秘密を明かしてくれた。

私はそれを聞いて、驚いていた。

まさかオーランド様にもコンプレックスがあったなんて……。

でも、まさか本名が桃山陸太郎だったなんて。

なんか、意外だなぁ。

でも、オーランド様ならその名前でも、とっても似合ってて素敵だよ。

画面には視聴者からのコメントもたくさん流れていた。

みんなからの、「桃様サイコー」「桃太郎でもいいよね!」「オーランド様ならなんでも素敵」といった、称賛の声が上がっている。

でも。

でも、オーランド様はどうしてそんな話をするんだろう。

私がそう思っていると、画面上の彼がおもむろにいった。

『自分の秘密や恥ずかしい部分をさらけ出すと、案外ヒトは自然体で生きられるってことさ。ボクがいいたかったこと、ちゃんと陽斗くんにも伝わるといいな』

そこで、オーランド様は「じゃあまたね」といい、生配信は終わった。

「……へ?」

今、なんて?

オーランド様が、陽斗くん?

陽斗くんって、いった?

いった?

いったよね!

さっき、絶対いったよね!

「……どうゆうこと」

あの、陽斗くん?

血祭くんの、陽斗くん?

私がポカンとしていると、とつぜんスマホにラインが来た。

見ると、

「う、うそだぁあ」

なんとタイムリーに、それは血祭くんの陽斗くんからで。

私が食い気味に、『オーランドさんの生配信は見てくれた?』、という彼からのメッセージに見入っていると。

『今からオーランドさんと、神宮司さんに会いにいってもいい?』

私が返信する前に、そんな驚きの文章が陽斗くんから送られてきたんだ。

「え、ええっ」

私は、なにがなにやらわからず、ただただベッドで奇声をあげてしまう。

「えええええぇ!」

ど、どうして?

なんで陽斗くんと?

なんで血祭くんと、オーランド様が?

ふ、ふふふたりって……知り合いなの?

てゆうか、今から、会いに来るって……。

「い、いいい、意味がわからないんだけどぉ」

だが。

だが。

だが!

私はこの文面の通りに、まさしく本物のオーランド様と陽斗くんに、これから出会うことになるのだった。


                    ***


土曜日の午後三時。

オレはオーランドさんが運転する車の助手席にいた。

さっき生配信を終えた後、オレとオーランドさんは、神宮司さんに会うため大阪からやって来ていた。

車好きのオーランドさんが運転しているこの車は白いフェラーリで、今は高速を降りて国道を神戸方面に向かってひた走っている。

信号に引っかかるたび、かん高いエンジン音を奏でるフェラーリはたくさんの人の注目を集めた。

車が芦屋に入った辺りで、オレはオーランドさんに道案内をする。

「百メートル先の交差点を左折すると、打出小槌神社が出てきます」

「ありがとう」

オーランドさんがニッコリし、チラッとこっちを見た。

「で、ボクのファンで陽斗くんの未来の彼女は、もうそこで待っているのかな?」

「そんな……彼女なんて」

そう。

昨夜オーランドさんに恋の悩みを打ち明けると、急遽、生配信が決まったんだ。

――陽斗くんの悩みはね、たくさんの人の悩みでもあるんだよ。

ぜひボクのチャンネルで相談に乗ろう。

そういわれ、少し戸惑ってしまったが、オレはオーランドさんに協力を求めることにした。

オレは自分の心の内を、彼に正直に話すことにしたんだ。

神宮寺さんの前では――。

もっと自然体でいたい。

もっと普通に喋りたい。

ずっとそんなふうに思っていた。

けど。

けど。

神宮寺さんを前にすると、どうしても緊張してしまうこと。

他の女子や友達の前では、なんの苦労もせず素が出せているのに。

それでも、ダメなこと。

神宮寺さんの前では、どうしてもダメなこと。

なぜか緊張してしまい、調子が狂ってしまうこと。

そんなもどかしい思いを、全てオーランドさんに正直に話した。

すると。

――自分の秘密や恥ずかしい部分をさらけ出すと、案外ヒトは自然体で生きられるってことさ。

彼は、さっきの生配信で、こんなことをいってくれた。

自分の、秘密。

自分の、恥ずかしい部分。

オレの秘密や恥ずかしい部分っていうのは、なんなんだろうか。

オレは動画を回しながら、ローランドさんがくれたヒントについて必死に考えていた。

考えて、考えて、ひたすら考えた。

でも、まだ答えは出ていない。

いったい、なんなんだろう。

オレの秘密。

他人にはいえないこと。

いえないこと。

ヒミツ。

秘密。

あ――そうか。

つまり――。

「着いたよ」

「あっ」

オレが考え事をしている間に、車はもう打出小槌神社前に停車していた。

窓越しに、石造りの鳥居が見える。

隅々まで綺麗に掃除された石階段も。

オレは、真っ直ぐに本殿まで続く石畳を見た。

「……っ」

その石畳の真ん中に。

真ん中に。

真ん中に。

いた。

「神宮寺さん」

彼女は、夏らしいグレイのワンピースに身を包み、カゴバックを持って立っていた。

どうやら、まだこっちには気付いていないようだった。

すると、オーランドさんも窓越しに境内を見つめる。

「へえ、彼女が陽斗くんの?」

「はい」

オーランドさんに訊かれ、オレは照れながら鼻の頭を掻いた。

「可愛い女の子だね」

「……はい」

このとき、オレはまた、心配事を考えていた。

はじめからわかっていたことなんだけど。

きっと。

きっとまた。

神宮司さんを、驚かせちゃうなって……。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

こうして、オレは彼女が推している人気ユーチューバー、オーランドさんを連れて神宮寺さんの前に姿を現すのだった。
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