やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
14章
午後六時。
車で神宮司さんをピックアップした後、オレたち四人は須磨の水族館にやって来ていた。
そう、四人……。
三人ではなく、四人だ。
オレとオーランドさんと神宮司さん。
それに加え、なんてことだ……。
ジンベエザメがいる巨大な水槽を眺めるオレの隣には、
「せっかく来てあげたのに、ちょっとは楽しそうにしてくれないかな――お兄ちゃん」
オレの妹、朝野茉奈がいた。
そして、あろうことか、神宮司さんとオーランドさんはふたりでイルカショーを観に行ってしまっていた。
なんでだよ……。
なんでこうなるんだよ。
ベンチに座っているオレは、隣でスケッチをしている妹に不服を唱える。
「どうしてお前がいるんだよ」
「オーランドさんからラインが来たんだもん」
半年ほど前、ユーチューブの配信を手伝ったとき、オレはオーランドさんの家に茉奈をつれて行った。
どうしてもオーランドさんに会いたいっていう妹のわがままを伝えると、オーランドさんは快く茉奈を迎えてくれたんだ。
だが。
それから二人は、なぜか意気投合し、ライン友達に……。
「ラインが来たからって、そんなの断ればいいだろ」
「はぁ? オーランドさんの誘いを断るバカがどこにいるのよ」
そういい、オレに向かってアカンベェをする茉奈。
「かもしんないけど」
ちょっとは空気、読んでくれよな……。
せっかく神宮司さんと、オレは、その――。
「てゆうか、先にあたしが水族館にスケッチしに来てたんだからね。そっちが勝手に後からやって来たんだからね、フンだ!」
妹は十四歳で、中学三年生。
ロリータ系ファッションが大好きで、今も大きなピンクのリボンがついた黒のドレスワンピースを着ている。
ツインテールにした髪の毛は紫色で、目の下には星のマークがメイクしてあった。
とにかく気が強くって負けず嫌い。
兄のオレが心配になるほど、とっつきにくい性格だ。
なのに、中学校では、それなりに人気があるんだとか……。
まったく、世の中ってわからないものだな。
ともあれ、神宮司さんとは正反対の妹だった。
「お?」
すごいな。
茉奈のスケッチブックを覗くと、広大な海の中をゆったりと泳ぐジンベエザメの姿が描かれていた。
なんか良い画だな。
この水槽を眺めながら、想像を膨らませて描いているのか。
とっても雄大で、見ていると元気がもらえる、そんな優しさと力強さのある画だった。
茉奈はベンチに杖を立てかけている。
小学生の頃、交通事故で車にはねられて右足を負傷した。
それ以来、茉奈は杖をついて歩いている。
不思議なのは、ケガを負った後の方が、茉奈は積極的に外へ出たり、他人と積極的に交友を持つようになったことだった。
オレはずっとそれが不思議で、こんなときだからと、それとなく訊いてみた。
「なあ、茉奈」
「なあに」
「お前ってさ、小学校の頃はどっちかというと引きこもりがちだっただろ」
「そうだっけ」
「そうだよ……外に出るときといえば、オレの友達と遊ぶときぐらいだっただろ。なのに、どうして変わったんだ?」
茉奈が、ペンを止めた。
キラキラメイクの瞳でこっちを見上げる。
「わかってるでしょ、そんなの。交通事故がきっかけよ」
「……まあ、なんとなくそうだとは思ってたけど」
オレは鼻の頭をかく。
やっぱり余計なことを訊いてしまったか。
なにをいおうか次の言葉に迷っていると、
「別に落ち込んでるわけじゃないから」
茉奈が再びペンをとってスケッチブックに走らせる。
ジンベエザメの綺麗な瞳があっという間に描かれた。
「あたし、感謝しているの」
「え?」
「交通事故に遭ったこと、感謝しているんだってば」
茉奈がペンを走らせながらいう。
「お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、家族はみんなあたしに気を遣うけど、本当はそんなことしなくていいんだよ。なんていうか、生きててよかったなぁって」
「え、よかった?」
「そりゃ足を悪くしたのは災難だったよ。でもね、命があるだけ丸もうけっていうかさ。なんか目覚めちゃったんだよね。生きている時間が尊く感じられて、大事にしなきゃって」
そこで茉奈はスケッチブックをわざと手で隠しながらいう。
「もう、あんまジロジロ見ないでよ」
「あ、わ、悪い」
茉奈に怒られ、オレは前方の水槽に目を向ける。
なんか、意外だった。
ずっと自分の後をついてくる、小さくて甘えん坊な妹だとばかり思っていたから。
でも、当たり前だけど、妹も成長してるんだな。
オレは秘かに、オーランドさんに感謝した。
偶然だけど、こんな時間を作ってくれたことに。
普段は妹とこんな話、照れ臭くて、なかなかできないから。
それにしても――。
オーランドさんと神宮司さんは、まだ帰って来ないのかな。
オレは腕時計を見た。
ふたりが消えてから、すでに一時間が経っている。
てか、オレはなにをやってるんだ……。
妹とふたりでサメを見ているなんて。
本当は……。
今日は、神宮司さんに秘密を打ち明けるんだろ。
そう。
オレは腹を括っていたんだ。
――自分の秘密や恥ずかしい部分をさらけ出すと、案外ヒトは自然体で生きられるってこ
とさ。
オーランドさんが、今日の生配信でそういってくれて。
神宮司さんの前で、オレはありのままでいたかった。
だから。
そうするには、オレも自分のことを話さなきゃって。
オレは膝に置いた拳をぎゅっと握る。
よし。
ふたりが帰ってきたら、今度はオレが神宮司さんをつれて行く。
うん。
オーランドさんには悪いけど、今度はオレがエスコートするんだ。
でも……出来るかな。
おいっ!
なに弱気になってんだよ。
オレは心の中で自分にツッコミを入れる。
そして、隣の茉奈にもこっそり感謝する。
ありがとうな、本音を打ち明けてくれて。
お兄ちゃんに。
茉奈も、事故に遭った後の心境の変化を、こうして打ち明けてくれたんだ。
おかげで、心が決まったよ。
オーランドさんのいう通り、たしかに相手から自分の本音や秘密を打ち明けられると、悪い気はしなかった。
いや、むしろ。
特別感があるっていうか。
なんだろう、自分には心を開いてくれたっていう、そんな目に見えない繋がりのようなものを感じることができたんだ。
オーランドさんにも、妹にも。
これはきっと、オレにも秘密を打ち明けろっていう、そんなタイミングが来たってことなんだろう。
いえば、今日を機に神宮司さんに距離を取られてしまうかもしれない。
いえば、今日を機に神宮司さんに嫌われてしまうかもしれない。
それでも、オレは腹を括っていた。
自分が、ヴァンパイアであること。
妹も家族も知らない、大きな秘密。
それを神宮司さんに、伝えるんだって。
車で神宮司さんをピックアップした後、オレたち四人は須磨の水族館にやって来ていた。
そう、四人……。
三人ではなく、四人だ。
オレとオーランドさんと神宮司さん。
それに加え、なんてことだ……。
ジンベエザメがいる巨大な水槽を眺めるオレの隣には、
「せっかく来てあげたのに、ちょっとは楽しそうにしてくれないかな――お兄ちゃん」
オレの妹、朝野茉奈がいた。
そして、あろうことか、神宮司さんとオーランドさんはふたりでイルカショーを観に行ってしまっていた。
なんでだよ……。
なんでこうなるんだよ。
ベンチに座っているオレは、隣でスケッチをしている妹に不服を唱える。
「どうしてお前がいるんだよ」
「オーランドさんからラインが来たんだもん」
半年ほど前、ユーチューブの配信を手伝ったとき、オレはオーランドさんの家に茉奈をつれて行った。
どうしてもオーランドさんに会いたいっていう妹のわがままを伝えると、オーランドさんは快く茉奈を迎えてくれたんだ。
だが。
それから二人は、なぜか意気投合し、ライン友達に……。
「ラインが来たからって、そんなの断ればいいだろ」
「はぁ? オーランドさんの誘いを断るバカがどこにいるのよ」
そういい、オレに向かってアカンベェをする茉奈。
「かもしんないけど」
ちょっとは空気、読んでくれよな……。
せっかく神宮司さんと、オレは、その――。
「てゆうか、先にあたしが水族館にスケッチしに来てたんだからね。そっちが勝手に後からやって来たんだからね、フンだ!」
妹は十四歳で、中学三年生。
ロリータ系ファッションが大好きで、今も大きなピンクのリボンがついた黒のドレスワンピースを着ている。
ツインテールにした髪の毛は紫色で、目の下には星のマークがメイクしてあった。
とにかく気が強くって負けず嫌い。
兄のオレが心配になるほど、とっつきにくい性格だ。
なのに、中学校では、それなりに人気があるんだとか……。
まったく、世の中ってわからないものだな。
ともあれ、神宮司さんとは正反対の妹だった。
「お?」
すごいな。
茉奈のスケッチブックを覗くと、広大な海の中をゆったりと泳ぐジンベエザメの姿が描かれていた。
なんか良い画だな。
この水槽を眺めながら、想像を膨らませて描いているのか。
とっても雄大で、見ていると元気がもらえる、そんな優しさと力強さのある画だった。
茉奈はベンチに杖を立てかけている。
小学生の頃、交通事故で車にはねられて右足を負傷した。
それ以来、茉奈は杖をついて歩いている。
不思議なのは、ケガを負った後の方が、茉奈は積極的に外へ出たり、他人と積極的に交友を持つようになったことだった。
オレはずっとそれが不思議で、こんなときだからと、それとなく訊いてみた。
「なあ、茉奈」
「なあに」
「お前ってさ、小学校の頃はどっちかというと引きこもりがちだっただろ」
「そうだっけ」
「そうだよ……外に出るときといえば、オレの友達と遊ぶときぐらいだっただろ。なのに、どうして変わったんだ?」
茉奈が、ペンを止めた。
キラキラメイクの瞳でこっちを見上げる。
「わかってるでしょ、そんなの。交通事故がきっかけよ」
「……まあ、なんとなくそうだとは思ってたけど」
オレは鼻の頭をかく。
やっぱり余計なことを訊いてしまったか。
なにをいおうか次の言葉に迷っていると、
「別に落ち込んでるわけじゃないから」
茉奈が再びペンをとってスケッチブックに走らせる。
ジンベエザメの綺麗な瞳があっという間に描かれた。
「あたし、感謝しているの」
「え?」
「交通事故に遭ったこと、感謝しているんだってば」
茉奈がペンを走らせながらいう。
「お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、家族はみんなあたしに気を遣うけど、本当はそんなことしなくていいんだよ。なんていうか、生きててよかったなぁって」
「え、よかった?」
「そりゃ足を悪くしたのは災難だったよ。でもね、命があるだけ丸もうけっていうかさ。なんか目覚めちゃったんだよね。生きている時間が尊く感じられて、大事にしなきゃって」
そこで茉奈はスケッチブックをわざと手で隠しながらいう。
「もう、あんまジロジロ見ないでよ」
「あ、わ、悪い」
茉奈に怒られ、オレは前方の水槽に目を向ける。
なんか、意外だった。
ずっと自分の後をついてくる、小さくて甘えん坊な妹だとばかり思っていたから。
でも、当たり前だけど、妹も成長してるんだな。
オレは秘かに、オーランドさんに感謝した。
偶然だけど、こんな時間を作ってくれたことに。
普段は妹とこんな話、照れ臭くて、なかなかできないから。
それにしても――。
オーランドさんと神宮司さんは、まだ帰って来ないのかな。
オレは腕時計を見た。
ふたりが消えてから、すでに一時間が経っている。
てか、オレはなにをやってるんだ……。
妹とふたりでサメを見ているなんて。
本当は……。
今日は、神宮司さんに秘密を打ち明けるんだろ。
そう。
オレは腹を括っていたんだ。
――自分の秘密や恥ずかしい部分をさらけ出すと、案外ヒトは自然体で生きられるってこ
とさ。
オーランドさんが、今日の生配信でそういってくれて。
神宮司さんの前で、オレはありのままでいたかった。
だから。
そうするには、オレも自分のことを話さなきゃって。
オレは膝に置いた拳をぎゅっと握る。
よし。
ふたりが帰ってきたら、今度はオレが神宮司さんをつれて行く。
うん。
オーランドさんには悪いけど、今度はオレがエスコートするんだ。
でも……出来るかな。
おいっ!
なに弱気になってんだよ。
オレは心の中で自分にツッコミを入れる。
そして、隣の茉奈にもこっそり感謝する。
ありがとうな、本音を打ち明けてくれて。
お兄ちゃんに。
茉奈も、事故に遭った後の心境の変化を、こうして打ち明けてくれたんだ。
おかげで、心が決まったよ。
オーランドさんのいう通り、たしかに相手から自分の本音や秘密を打ち明けられると、悪い気はしなかった。
いや、むしろ。
特別感があるっていうか。
なんだろう、自分には心を開いてくれたっていう、そんな目に見えない繋がりのようなものを感じることができたんだ。
オーランドさんにも、妹にも。
これはきっと、オレにも秘密を打ち明けろっていう、そんなタイミングが来たってことなんだろう。
いえば、今日を機に神宮司さんに距離を取られてしまうかもしれない。
いえば、今日を機に神宮司さんに嫌われてしまうかもしれない。
それでも、オレは腹を括っていた。
自分が、ヴァンパイアであること。
妹も家族も知らない、大きな秘密。
それを神宮司さんに、伝えるんだって。