やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
15章
午後六時。
私はオーランド様とふたりっきりで水族館の館内を歩いていた。
夏の水族館はナイト営業をしていて、この時間は館内の至る所でライトアップがされている。
薄暗い館内はプロジェクションマッピングによって装飾され、まるで自分が海の中を泳いでいるみたいな気分になれた。
私はチラと隣を見る。
うわぁ……。
うそみたい。
私の隣に、オーランド様がいる。
肌に密着した黒いシャツに、黒のスキニージーンズ姿のオーランド様。
一見、彼はすらりとして見えるのだが、隣を歩いていて、私は気がついた。
オーランド様って、めちゃくちゃ体を鍛えてるんだぁ。
ドキドキと見上げると、シャツの胸の辺りが、ラクダのこぶみたいに盛り上がっていた。
なんか今にも、こんにちはーって、胸の筋肉が私に話しかけてきそうだった。
きっと、日頃から激しいトレーニングメニューをこなしているんだろうな。
ただでさえ意識が高いのに、努力も惜しまないなんて、もう素敵すぎるよ。
「ラッコたち、可愛かったね」
「はっ、はははい……」
私とオーランド様は隣同士で歩きながら、さっきまでいたラッコ館を出る。
「ところで美雨さん、もうすぐ、トワイライトライブが始まるみたいだよ」
「あ、は、ははは……はい」
私が緊張しながら返事すると、彼が口元に白い歯を見せた。
「ボクたちはツイているね。幻想的な夜のイルカショーを堪能できるのは、この夏の時期だけらしい」
ラッコに続いてこれから、私はオーランド様とイルカショーを見れるんだ。
これ、現実だよね?
夢でしたー、なんていわないよね?
なんかもう、顔も体もポーっと熱くなって、どうにかなりそうだ。
かれこれ一時間以上もオーランド様とふたりっきり。
そのせいか、私の心臓はひたすらダッシュを繰り返しているみたいに鼓動がはやかった。
私の心臓、大丈夫かなぁ……。
こんなにも自分の体が心配になったのは、生まれてはじめてのことだった。
でもまあ、幸せな状況だってことには、変わりないんだけどさ……。
あともう少し。
お願いだから、がんばってね、私の心臓さん。
こんな素敵な時間は、もう二度とやって来ないと思うし。
でも。
でもね。
なんか、まだやっぱり信じられないんだよなぁ……。
ずっとユーチューブで追いかけていた伝説の元ホストが、私の隣にいるなんて。
巫女メットって、嬉しくないあだ名をつけられた地味な私と、人気ユーチューバーのオーランド様が、一緒に水族館を回っているなんて。
機嫌を損ねたら祟りが起きるって、学校じゃ、そんな根も葉もない噂まで流れて怖れられている私と、一緒にいてくれてるなんて。
信じられないよ。
ああ、ダメだぁ。
改めて考えると、夢が醒めちゃいそうな気がした。
どうせ夢なら、見れるだけ見たい。
ずっと見ていたい。
私は唾を飲み、再び彼を見上げる。
うわあぁ。
信じられないけど、やっぱり私の隣にいる。
オーランド様が!
素敵だなぁ、カッコイイなぁ。
身長なんて、百八十五センチぐらいはありそう。
見上げる私のはるか上に、美しい端正な顔があった。
うわぁ、もしもあの顔が迫ってきたら……キャアアア。
そんなことを妄想しつつ、私は少し前を歩くオーランド様についていく。
イルカライブ館に向かう間、私たちは、たくさんの来場者とすれ違った。
人とすれ違うたびに、みんながオーランド様を振り返った。
フレームの大きいサングラスをかけているから、一目で彼がオーランド様だってことはわからない。
たぶん……でも。
さすがに、こんなモデルみたいなカッコイイ男性がフラっと歩いていたら、誰でも二度見しちゃうよなぁ。
私の隣を歩く男性が一般人じゃないってことぐらいは、来場者のみんなも、うすうすと勘づいていそうだった。
恥ずかしかったのは、隣にいる私も、ジロジロと見られちゃうこと。
……私は、ただの付きそいなんですぅ。
そう思っていても、人の視線、なかでも女の子からの視線は痛いくらいに感じていたんだ。
女子高生ぐらいの女の子たちは、あからさまにこっちを見て、ひそひそとなにかを話していたし。
……はぁ。
隣の女の子って、誰なの?
彼女?
マネージャーじゃない?
だって、全然つり合ってないんだもん。
きっと、そんなことをいわれてるんだろうな……。
そりゃ、私も女の子だから、妄想でなんども思ったよ。
オーランド様の隣を一緒に歩いている自分。
そりゃ、私もファンですから、妄想でなんども行ったよ。
オーランド様とたくさんデートしている自分。
でも。
でもね。
私、勘違いしてたよ。
妄想が実現してしまうと、なんていうか……思っていたのと、かなり違うなって。
オーランド様の隣を歩くってことは、他人からもこれだけ注目されてしまうんだって。
妄想のなかでしたデートは、有頂天になるほど楽しかったのに、今は恐縮してしまって、どんどん自分が小さな存在に感じちゃう。
きっと私には、百万年はやいことだったんだね。
オーランド様の隣を歩くなんて……そんな贅沢なことは。
すると。
「たくさん人がいるね。美雨さん、イルカライブ館は千七百人ものお客さんを収容できるそうだよ」
オーランド様がいって、イルカライブ館の入り口で立ち止まった。
そのとき、
「あ――」
私はドキッとしたんだ。
なんと彼の手が、私の腰の辺りに自然と回って、
「さあ、行こうか美雨さん」
「は、ははは……はいいぃ」
私は、オーランド様に席まで優しくエスコートされるのだった。
キャアアア。
このときの私は、なんども妄想したように、やっと有頂天になれた気がした。
なんども夢見た、今夜限りの、人生で一度きりの、お姫様になれた気がして。
私は、とってもとっても嬉しくて、最高に幸せだったんだ。
***
午後六時十五分。
オレは水族館の本館を出て、別館へと向かって走っていた。
たくさんの人だかりをかきわけ、イルカライブ館へと急ぐ。
「はあはあはあっ」
……神宮司さん。
どこへ行っちゃったんだよ。
オレ、神宮司さんに話があるんだ。
オレ、神宮司さんに打ち明けたいことがあるんだ。
なのに。
なのに。
オレの隣には、彼女の姿はなかった。
近くにいるのにどこにも姿が見えない――。
そんな状況が、どんどんとオレを不安にさせるのだ。
考えたくないことが、どんどんと頭の中に去来した。
まさか。
まさか。
オーランドさん……。
あなたも、神宮司さんを?
オレは駆けながら頭を振る。
なにいってんだよ、オレは。
オーランドさんは、協力者だろ。
そんなわけ……。
バカだな、とオレは思う。
そんなわけ……ないって。
オーランドさんは恩人だ。
色々と力を貸してくれた人。
そんな恩人のことを悪く思うなんて。
恩人のことを疑ってしまうなんて……。
そんなの罰当たりすぎるだろ。
彼はオレの気持ちを知ってくれているんだ。
いくら何でも、オーランドさんが神宮司さんに手を出すわけないよ。
お世話になりっぱなしのオーランドさんのことを、そんなふうに勘繰るなんて、オレはどうかしてしまっているようだ。
けど。
けど。
頭ではそう思っているのに。
気持ちの表面ではそう思っているのに。
なんでこんなにも、不安になるんだろう。
信じているのに、心の奥では、焦っている。
なんなんだろう、この気持ちは……。
オレの胸の中にネガティブな感情がはびこっていく。
そしてその中には、得体の知れない怒りも混じり込んでいた。
オレは薄暗いトンネルを疾走しながら考える。
そう。
ここについたとたん、二人は急に消えたんだ。
オーランドさん。
あなたは、オレの神宮司さんへの思いを、知っているくせに……。
あなたは、オレが彼女と一緒にいたいことを知っている……そのはずなのに。
オーランドさん、どうして、どうしてそんなことをするんですか!
まさか……。
うぅ。
「くそっ」
気づくともう、得体の知れない怒りはハッキリとした怒りとなって表出し、オレの感情を支配していった。
オーランドさん……なんでだよっ。
いくらあなたでも、神宮司さんのことは、譲れない。
いくら恩人のあなたでも、彼女のことは、譲れない。
「無理だっ……はあはあはあっ、それだけは絶対に無理だっ」
別館のトンネルを疾走すると、突き当りにまばゆい光が見えてきた。
するといきなり、
「わあああああああっ」
パアっと視界が明るくなって、大勢の歓声が聞こえてきたんだ。
ここが、イルカライブ館?
神宮司さんは、どこっ?
西洋の城門のような入り口をくぐると、オレは急いで客席を見回す。
すると、ちょうど円形のプールから、イルカが三頭飛び上がったんだ。
うわ、すごい……。
思わず見惚れた瞬間、ざばーん、と目の前で大きな水しぶきが上がる。
記憶に残っていたイルカショーよりもかなり迫力があって、オレは正直驚いていた。
「あ……」
そのとき、オレの視界に、仲良く並んで座るオーランドさんと神宮司さんが映った。
プールを縁取るベンチの最上段。
そこに、二人がいたんだ。
なんか。
なんか。
見たとたん……。
カミナリが頭に落ちた衝撃があった。
それはもう、すごいショックだった。
神宮司さんが、ものすごく楽しそうで。
神宮司さんが、キラキラと輝いて見えて。
あんなに口を開けて、笑っているなんて。
オレ……彼女のあんな顔、見たことないよ。
もちろん彼女が喜ぶのは、オレだって嬉しい。
でも。
でも。
悔しいよ。
そこにオレがいないっていう事実が、ものすごくショックだったんだ。
なんだよ。
その場に突っ立つオレは、思わず拳をギュッと握りしめる。
まるで、二人が付き合いたてのカップルのように見えた。
なんだよ。
オレなんて、オレなんて……いてもいなくっても……。
「……くそ」
かといって、このまま、引き返すわけにはいかない。
オレは唇を噛みしめた。
神宮司さん。
意を決したオレは、客席の間を縫いずんずんと進んでいった。
そうして、最上段までいくと、
「やあ陽斗くん」
オレを見つけたオーランドさんが、こっちを見上げていったんだ。
「オーランドさん」
「どうしたんだい陽斗くん、怖い顔をして」
「……その」
「なんだい?」
「えっと」
「いいたいことがあるなら、ハッキリいったらどうかな?」
オーランドさんは白い歯を見せた。
なんかもう余裕たっぷりの表情だ。
それが、なんかムカついた。
ごめんね、神宮司さん。
楽しい時間を台無しにして。
ホントにごめん。
オレは、オーランドさんの隣で唇を小さく震わせている彼女に、心の中で謝った。
そして、今度は口に出していったんだ。
「神宮寺さんをオレに返してくださいっ」
事もなげに、こっ恥ずかしいセリフを。
周りで、他人がたくさん見ている前で。
そして。
「行こうっ」
次の瞬間にはもう、オレは、神宮司さんの手を取っていたんだ。
私はオーランド様とふたりっきりで水族館の館内を歩いていた。
夏の水族館はナイト営業をしていて、この時間は館内の至る所でライトアップがされている。
薄暗い館内はプロジェクションマッピングによって装飾され、まるで自分が海の中を泳いでいるみたいな気分になれた。
私はチラと隣を見る。
うわぁ……。
うそみたい。
私の隣に、オーランド様がいる。
肌に密着した黒いシャツに、黒のスキニージーンズ姿のオーランド様。
一見、彼はすらりとして見えるのだが、隣を歩いていて、私は気がついた。
オーランド様って、めちゃくちゃ体を鍛えてるんだぁ。
ドキドキと見上げると、シャツの胸の辺りが、ラクダのこぶみたいに盛り上がっていた。
なんか今にも、こんにちはーって、胸の筋肉が私に話しかけてきそうだった。
きっと、日頃から激しいトレーニングメニューをこなしているんだろうな。
ただでさえ意識が高いのに、努力も惜しまないなんて、もう素敵すぎるよ。
「ラッコたち、可愛かったね」
「はっ、はははい……」
私とオーランド様は隣同士で歩きながら、さっきまでいたラッコ館を出る。
「ところで美雨さん、もうすぐ、トワイライトライブが始まるみたいだよ」
「あ、は、ははは……はい」
私が緊張しながら返事すると、彼が口元に白い歯を見せた。
「ボクたちはツイているね。幻想的な夜のイルカショーを堪能できるのは、この夏の時期だけらしい」
ラッコに続いてこれから、私はオーランド様とイルカショーを見れるんだ。
これ、現実だよね?
夢でしたー、なんていわないよね?
なんかもう、顔も体もポーっと熱くなって、どうにかなりそうだ。
かれこれ一時間以上もオーランド様とふたりっきり。
そのせいか、私の心臓はひたすらダッシュを繰り返しているみたいに鼓動がはやかった。
私の心臓、大丈夫かなぁ……。
こんなにも自分の体が心配になったのは、生まれてはじめてのことだった。
でもまあ、幸せな状況だってことには、変わりないんだけどさ……。
あともう少し。
お願いだから、がんばってね、私の心臓さん。
こんな素敵な時間は、もう二度とやって来ないと思うし。
でも。
でもね。
なんか、まだやっぱり信じられないんだよなぁ……。
ずっとユーチューブで追いかけていた伝説の元ホストが、私の隣にいるなんて。
巫女メットって、嬉しくないあだ名をつけられた地味な私と、人気ユーチューバーのオーランド様が、一緒に水族館を回っているなんて。
機嫌を損ねたら祟りが起きるって、学校じゃ、そんな根も葉もない噂まで流れて怖れられている私と、一緒にいてくれてるなんて。
信じられないよ。
ああ、ダメだぁ。
改めて考えると、夢が醒めちゃいそうな気がした。
どうせ夢なら、見れるだけ見たい。
ずっと見ていたい。
私は唾を飲み、再び彼を見上げる。
うわあぁ。
信じられないけど、やっぱり私の隣にいる。
オーランド様が!
素敵だなぁ、カッコイイなぁ。
身長なんて、百八十五センチぐらいはありそう。
見上げる私のはるか上に、美しい端正な顔があった。
うわぁ、もしもあの顔が迫ってきたら……キャアアア。
そんなことを妄想しつつ、私は少し前を歩くオーランド様についていく。
イルカライブ館に向かう間、私たちは、たくさんの来場者とすれ違った。
人とすれ違うたびに、みんながオーランド様を振り返った。
フレームの大きいサングラスをかけているから、一目で彼がオーランド様だってことはわからない。
たぶん……でも。
さすがに、こんなモデルみたいなカッコイイ男性がフラっと歩いていたら、誰でも二度見しちゃうよなぁ。
私の隣を歩く男性が一般人じゃないってことぐらいは、来場者のみんなも、うすうすと勘づいていそうだった。
恥ずかしかったのは、隣にいる私も、ジロジロと見られちゃうこと。
……私は、ただの付きそいなんですぅ。
そう思っていても、人の視線、なかでも女の子からの視線は痛いくらいに感じていたんだ。
女子高生ぐらいの女の子たちは、あからさまにこっちを見て、ひそひそとなにかを話していたし。
……はぁ。
隣の女の子って、誰なの?
彼女?
マネージャーじゃない?
だって、全然つり合ってないんだもん。
きっと、そんなことをいわれてるんだろうな……。
そりゃ、私も女の子だから、妄想でなんども思ったよ。
オーランド様の隣を一緒に歩いている自分。
そりゃ、私もファンですから、妄想でなんども行ったよ。
オーランド様とたくさんデートしている自分。
でも。
でもね。
私、勘違いしてたよ。
妄想が実現してしまうと、なんていうか……思っていたのと、かなり違うなって。
オーランド様の隣を歩くってことは、他人からもこれだけ注目されてしまうんだって。
妄想のなかでしたデートは、有頂天になるほど楽しかったのに、今は恐縮してしまって、どんどん自分が小さな存在に感じちゃう。
きっと私には、百万年はやいことだったんだね。
オーランド様の隣を歩くなんて……そんな贅沢なことは。
すると。
「たくさん人がいるね。美雨さん、イルカライブ館は千七百人ものお客さんを収容できるそうだよ」
オーランド様がいって、イルカライブ館の入り口で立ち止まった。
そのとき、
「あ――」
私はドキッとしたんだ。
なんと彼の手が、私の腰の辺りに自然と回って、
「さあ、行こうか美雨さん」
「は、ははは……はいいぃ」
私は、オーランド様に席まで優しくエスコートされるのだった。
キャアアア。
このときの私は、なんども妄想したように、やっと有頂天になれた気がした。
なんども夢見た、今夜限りの、人生で一度きりの、お姫様になれた気がして。
私は、とってもとっても嬉しくて、最高に幸せだったんだ。
***
午後六時十五分。
オレは水族館の本館を出て、別館へと向かって走っていた。
たくさんの人だかりをかきわけ、イルカライブ館へと急ぐ。
「はあはあはあっ」
……神宮司さん。
どこへ行っちゃったんだよ。
オレ、神宮司さんに話があるんだ。
オレ、神宮司さんに打ち明けたいことがあるんだ。
なのに。
なのに。
オレの隣には、彼女の姿はなかった。
近くにいるのにどこにも姿が見えない――。
そんな状況が、どんどんとオレを不安にさせるのだ。
考えたくないことが、どんどんと頭の中に去来した。
まさか。
まさか。
オーランドさん……。
あなたも、神宮司さんを?
オレは駆けながら頭を振る。
なにいってんだよ、オレは。
オーランドさんは、協力者だろ。
そんなわけ……。
バカだな、とオレは思う。
そんなわけ……ないって。
オーランドさんは恩人だ。
色々と力を貸してくれた人。
そんな恩人のことを悪く思うなんて。
恩人のことを疑ってしまうなんて……。
そんなの罰当たりすぎるだろ。
彼はオレの気持ちを知ってくれているんだ。
いくら何でも、オーランドさんが神宮司さんに手を出すわけないよ。
お世話になりっぱなしのオーランドさんのことを、そんなふうに勘繰るなんて、オレはどうかしてしまっているようだ。
けど。
けど。
頭ではそう思っているのに。
気持ちの表面ではそう思っているのに。
なんでこんなにも、不安になるんだろう。
信じているのに、心の奥では、焦っている。
なんなんだろう、この気持ちは……。
オレの胸の中にネガティブな感情がはびこっていく。
そしてその中には、得体の知れない怒りも混じり込んでいた。
オレは薄暗いトンネルを疾走しながら考える。
そう。
ここについたとたん、二人は急に消えたんだ。
オーランドさん。
あなたは、オレの神宮司さんへの思いを、知っているくせに……。
あなたは、オレが彼女と一緒にいたいことを知っている……そのはずなのに。
オーランドさん、どうして、どうしてそんなことをするんですか!
まさか……。
うぅ。
「くそっ」
気づくともう、得体の知れない怒りはハッキリとした怒りとなって表出し、オレの感情を支配していった。
オーランドさん……なんでだよっ。
いくらあなたでも、神宮司さんのことは、譲れない。
いくら恩人のあなたでも、彼女のことは、譲れない。
「無理だっ……はあはあはあっ、それだけは絶対に無理だっ」
別館のトンネルを疾走すると、突き当りにまばゆい光が見えてきた。
するといきなり、
「わあああああああっ」
パアっと視界が明るくなって、大勢の歓声が聞こえてきたんだ。
ここが、イルカライブ館?
神宮司さんは、どこっ?
西洋の城門のような入り口をくぐると、オレは急いで客席を見回す。
すると、ちょうど円形のプールから、イルカが三頭飛び上がったんだ。
うわ、すごい……。
思わず見惚れた瞬間、ざばーん、と目の前で大きな水しぶきが上がる。
記憶に残っていたイルカショーよりもかなり迫力があって、オレは正直驚いていた。
「あ……」
そのとき、オレの視界に、仲良く並んで座るオーランドさんと神宮司さんが映った。
プールを縁取るベンチの最上段。
そこに、二人がいたんだ。
なんか。
なんか。
見たとたん……。
カミナリが頭に落ちた衝撃があった。
それはもう、すごいショックだった。
神宮司さんが、ものすごく楽しそうで。
神宮司さんが、キラキラと輝いて見えて。
あんなに口を開けて、笑っているなんて。
オレ……彼女のあんな顔、見たことないよ。
もちろん彼女が喜ぶのは、オレだって嬉しい。
でも。
でも。
悔しいよ。
そこにオレがいないっていう事実が、ものすごくショックだったんだ。
なんだよ。
その場に突っ立つオレは、思わず拳をギュッと握りしめる。
まるで、二人が付き合いたてのカップルのように見えた。
なんだよ。
オレなんて、オレなんて……いてもいなくっても……。
「……くそ」
かといって、このまま、引き返すわけにはいかない。
オレは唇を噛みしめた。
神宮司さん。
意を決したオレは、客席の間を縫いずんずんと進んでいった。
そうして、最上段までいくと、
「やあ陽斗くん」
オレを見つけたオーランドさんが、こっちを見上げていったんだ。
「オーランドさん」
「どうしたんだい陽斗くん、怖い顔をして」
「……その」
「なんだい?」
「えっと」
「いいたいことがあるなら、ハッキリいったらどうかな?」
オーランドさんは白い歯を見せた。
なんかもう余裕たっぷりの表情だ。
それが、なんかムカついた。
ごめんね、神宮司さん。
楽しい時間を台無しにして。
ホントにごめん。
オレは、オーランドさんの隣で唇を小さく震わせている彼女に、心の中で謝った。
そして、今度は口に出していったんだ。
「神宮寺さんをオレに返してくださいっ」
事もなげに、こっ恥ずかしいセリフを。
周りで、他人がたくさん見ている前で。
そして。
「行こうっ」
次の瞬間にはもう、オレは、神宮司さんの手を取っていたんだ。