やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
2章
六時間目のあと、終わりのホームルームで担任の先生がサプライズを告げた。

私は、窓際の真ん中の席でキョトンとしていた。

「コロナ禍でいけなかった修学旅行のかわりに夏合宿をすることになったぞ!」

ピチッとした白いシャツの下で先生のムキムキの胸筋が脈打っている。

なにか良いことでもやり遂げたみたいに、先生は爽やかに短髪を手でかきあげると、次いで
その手を鼻の下まで持っていって得意げにこすった。

「竜ちゃん、それ旅行の代わりになってないから」

「そもそも合宿っておかしいだろ」

「なんでクソ熱い中みんなそろって学校で勉強すんだよ」

竜ちゃんこと、鈴木竜二先生にクラスのみんなが突っ込みはじめる。

「夜はキャンプファイアを囲んで、肝試し大会なんかもあるんだぞ!」

「いや、そういう青春っぽいのとかいいし」

「クーラーの下で寝かせてくれ」

「せめてWiFi完備してくれ」

「ユーチューブ観ながら寝てえ」

それでも、少し間が抜けたところのある竜ちゃん先生は、さっきよりも自信満々な笑みを浮かべていう。

「そう興奮するな。そこでだ。これから、夏合宿でイチバン大事なことをするメンバーを募集したい!」

イチバン大事なこと?

私は、窓際の真ん中の席で首をかしげていた。

そのとき、反対の廊下側の席にいる陽斗くんがチラリと見え、思わずドキッとする。

ああ、カッコイイな。

私はうつむき加減でもういちど彼をチラ見した。

陽斗くんも、私と同じように首をかしげている。

そうだよね、陽斗くんもそう思うよね。

イチバン大事なことって、なんのことか気になるよね。

誠実ながらも茶目っ気のある顔にうっとりしつつ、私は心の中で彼に話しかける。

ところでキミは、合宿は好きかな?

私は正直、面倒くさいな~って思う。

でも、でもね。

キミが参加する合宿なら、私は大好きになる自信があるよ。

いや、違うか。

そこは、大好きになるよ、が正解だったね。

私は前髪の隙間から、またまた陽斗くんをチラ見。

ああ、カッコイイな、ずっと見てられる。

よし。

もうこの際だから、もっとツッコんだ質問をしようかな。

ええと、ええと……じゃあ、訊くね。

陽斗くん、合宿ってことはだよ、それはつまり……同じ屋根の下で寝るってことだよ。

そ……それはわかってるのかな? 

私たちは、お泊りするってことなんだよ。

ちゃんとそこまで考えてキミは合宿に参加するのかな? 

女の子と一緒に夜を過ごすなんて、キミは嫌じゃない? 

え?

わ、私?

私は……私は……こう思うの。

同じ屋根の下で一緒に寝られたら、私も陽斗くんが見ている夢と、同じ夢を見れたりするのかなって。

好きな人と同じ夢――。

考えただけで、キャアである。

気づくと私はこぶしで机を叩いていた。

「どうした神宮寺?」

「あ……」

竜ちゃんと目が合う。

私は言葉を失った。

顔が熱くなる。

「そ、その……」

ふと視界に前の席の男子たちが映る。

巫女メットがブツブツいってたぞ、と私を見ながらひそひそいっている。

まさか、聞かれた?

陽斗くんとの脳内会話……。

顔から湯気が出そう。

いや、私は妄想していただけ。

こ、声は出ていないはずだ。

落ち着こう。

……でも、恥ずかしい。

私が席でしどろもどろになっていると。

「トイレなら遠慮なくいけ」

ふいに竜ちゃんにいわれ、

「だ……だ、だだだだ、大丈夫です」

私は両手で前髪に触れ、必死に顔を隠しながら答えた。

ああ、すっごい視線を感じる……みんなに見られてる。

逃げ出したい。

今すぐ消えてなくなりたい。

私、バカだぁ……。

しばらくそうやって机で顔を伏せていると、ようやくみんなの視線から解放されるのがわかった。

――ふぅ。

陽斗くんのことを考えると、私の妄想はとめどなく溢れ、おまけに饒舌になる。

ダメだな。

これ以上妄想を続けたら、私はいつか脳内会話をみんなに聞かれてしまうだろう。

そして、その恥ずかしさで、きっと私は高熱を出して倒れてしまうのだろう。

そのとき、先生がいった。

「カレーライスを作る当番を募集する! さあ、誰かこの名誉ある職責を果たしたいやつはいないか?」

え?

さっきいってたイチバン大事なことをするメンバーって?

……か、カレーライスを作るメンバーのことだったんだ。

私はあっけにとられる。

「なんだみんな、遠慮なんてしなくていいんだぞ!」

空気を読まない先生がもったいぶるようにいう。

みんなは絶対カレー当番なんてやりたくない、といったように頑なに黙り込んでいた。

そりゃ、そうだよぉ……。

ただでさえ夏休みを犠牲にして参加するんだもん。

ゾクッ。

そのとき、いきなり悪寒がして、私はまた前髪に触れて顔を隠した。

――いいかい美雨、みんなが嫌がることをやると、たちまち人生は追い風になって上手くいくようになるんだよ。

急に私の脳内に、亡くなったお祖母ちゃんの声が聞こえてきたのだ。

少し霊感があるせいで、ときどきこういった現象が我が身に起こる。

しかし、もう慣れっこの私は脳内でお祖母ちゃんに語りかけていた。

お祖母ちゃん、美味しいカレーを作るなんて私には無理なことだよぉ……。

――何をいってるんだい。美雨はずっと友達が欲しいっていってたじゃないか。みんなの役に立てば、友達ぐらいすぐに出来るんだよ。

たしかに、私は友達が欲しいと思っていた。

でも……怖がられて避けられてばかりの私に……本当に友達なんてできるのかなぁ。

――出来るさ。これはチャンスだよ、お祖母ちゃんを信じて! さあ美雨、手を挙げてごらん。

やっぱり無理だってぇ。

――美雨!

わ、わかったよぉ……。

私は、みんなの役に立てるならと、すーっと右手をあげる。

すると。

「神宮寺、やりたいか?」

竜ちゃんと目が合った。

「……あ、は、ははは……はい」

私がこくりとうなずいた、そのときだった。

奇跡というのは思わぬときに起きるものだ。

なんと、陽斗くんが席を立っていた。

「――先生、オレもやりたいです」

そして彼の爽やかな瞳が私を捉えているのだ。

「オレも神宮寺さんとカレー当番やりたいです」

私は目を疑った。

そして、耳も疑った。

う、うそ……。

でも、本当だった。

お祖母ちゃんのいったとおりだった。

みんなが嫌がることをやった瞬間に、本当に追い風が吹いてきた。

私は胸のドキドキが止まらず、とっさに陽斗くんから目を逸らす。

私の心のオアシス。

視界のお花畑。

愛しの王子様。

その陽斗くんが、私と、私と――一緒にカレーを作りたい?

キャ、キャアアア!

その日の出来事を、私は生涯忘れることはないだろう。

私はこのとき誓ったのだ。

この先どれだけの試練に見舞われようとも、私はこの身を陽斗くんに捧げようと。
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