やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
20章
夜九時。
オレは新須磨病院の個室にいた。
病院には一時間ほど前についていたのだが、妹の茉奈の手当てが終わるまで、オレは待合スペースで待たされていたんだ。
須磨ビーチからここまでは距離にして一キロほどだった。
あのとき、オレは神宮司さんの目の前から消えて、走ってここまでやってきた。
通常なら走っても五分はかかるだろうが、オレは十秒ほどでたどり着いていた。
オーランドさんに気をつけるようにいわれていたのに、オレはヴァンパイアの脚力を使い、茉奈の香りをたどってここまでやって来ていた。
とつぜん現れたオーランドさんに、「茉奈ちゃんが病院に運ばれた」と聞かされて、オレは頭が真っ白になって冷静な判断が出来なくなっていた。
焦って驚いて怖くなったオレは、人目もはばからずに超人的な力で、まさに空を飛ぶ勢いでここまでやって来てしまっていた。
バケモノと化したオレを目撃し、それをスマホで撮影した人がもしもいたら、そう思うと鳥肌が立った。
SNSではすでに空を飛ぶオレの姿が世界に向けて配信されているかもしれない、そう思うと背筋が凍った。
でも――。
今はそんなことよりも。
「ごめん、茉奈」
オレはベッドで仰向けになっている茉奈に謝った。
茉奈は今、個室のベッドで仰向けになって眠っている。
目を閉じた妹の呼吸は規則正しく、先生は、命には別状がないという。
「お兄ちゃんのせいで……」
ベッド脇のスツールに座ったオレは不思議な気持ちで妹を眺めていた。
こんなときに不謹慎だと思うが、妹は、この空間にはどうも不釣り合いな存在に思えて仕方がなかった。
ロリータ系ファッションが好きな茉奈は、今も大きなピンクのリボンがついた黒のドレスワンピースを着たまま病院のベッドで眠っている。
幸い、茉奈は出血多量といった大げさな被害に遭ったわけではなかった。
医師によると、外傷はなく、襲われたショックで意識を失っているだけということだった。
しかし、襲われたという事実が、どうも非現実的に思えてオレにはしっくりと来なかった。
襲われたということは、犯人なる者が実際にいるということなのに。
けど。
けど。
犯人?
そんな者が、実際にこの世界にいるんだろうか?
映画や漫画ならまだしも、現実に犯人なる者が?
しかし、オレは手当てされた茉奈の首すじを見て小さく唸った。
たしかに、妹の首すじには包帯とガーゼで治療が施された形跡があった。
オレは頭を抱えてしまう。
どうしてこんなことに?
水族館で妹を襲った犯人は、偶然に妹を襲ったんだろうか。
それとも、茉奈の存在を知っていて、計画的に襲ったんだろうか。
リアルに考えると頭が痛くなってきた。
オレは指でこめかみを挟むようにつねる。
「……茉奈」
悪かった。
オレが茉奈を放って行ったせいで。
あのとき、足の悪い妹を放って、オレが神宮司さんを探しに行ったからこんなことに……。
ガチャ。
そのとき、病室にオーランドさんが入って来た。
オーランドさんはオレを見ると、かけていたサングラスを外し、オレの脇に立った。
「美雨さんのことは心配しなくていい」
「ありがとうございます」
「家まで送るといったんだがね。逆に彼女に気を遣われてしまってね、近くの駅まで送ってきたんだ」
「そうですか……すみません色々と」
神宮司さんは、オレのことをどう思っているんだろう。
まるで告白でもするようなシチュエーションで、いきなりオレは消えたんだ。
茉奈が病院に運ばれたと聞いて、気が動転したオレはあとさきを考えずに駆けだしていた。
「それより陽斗くん。これからボクが話すことを真剣に訊いてほしい」
「え?」
オーランドさんは茉奈を見下ろしながら、オレの肩に手を置いた。
オーランドさんのただならぬ気配に、オレは思わず窓を見つめた。
さっきまで綺麗な満月が見えていたのに、今は灰色の雲に隠れてしまっていた。
雨が降りそうだった。
雲行きが怪しかった。
あれだけ晴れていたのに……。
「陽斗くん、心して訊いてほしい」
オーランドさんの声音にわずかなイラ立ちが混じっているように感じられ、オレはふいにスツールで背筋を伸ばした。
「はい」
「率直にいうが、これは茉奈ちゃんをあえて狙った犯行だ」
「あえて? 茉奈を?」
「そして形式上はこれから警察が犯人捜査に動き出すだろうが、間もなくこの事件は権力者によって闇に葬られてしまうだろう」
「なっ……どうして」
興奮して思わず立とうとするオレの肩を、オーランドさんが力で抑え込んだ。
「落ち着きたまえ」
「ぐっ……でも」
「キミの怒りはわかる」
「じゃあっ」
オレが見上げると、オーランドさんの青い瞳に睨まれた。
彼のナイフのような鋭い視線に射抜かれて、オレは思わず怯んでしまう。
「もうキミの感情ひとつでどうにかなるステージではないんだよ」
「……でも、納得できません。どういうことか、ちゃんと教えてくださいっ」
オレが食い下がると、オーランドさんはなにもない宙をしばらく見つめ、おもむろに口を開いた。
「キミに本当のことを話すときが来たようだ」
「本当の?」
「どうか驚かないで訊いてほしい」
オレは唾を飲みオーランドさんの言葉に耳を傾ける。
本当のことってなんだ?
オーランドさんはなにを告白するつもりなんだ。
「じつはボクもキミと同じでヴァンパイアなんだ」
「なっ……」
思わず見上げたオーランドさんの瞳が、妖艶に赤く光る。
そんな……まさか。
困惑して上手く喋れないオレに、オーランドさんが静かに語り始めた。
まず、茉奈の首すじには何者かに噛みつかれた痕があったらしい。
それは鉛筆の芯で刺したような穴で、横並びに三つあったようだ。
ところが、噛まれた痕から出血はしていなかった。
いや、出血しないようにあえて慎重に手加減がされてあったと、オーランドさんはそう教えてくれた。
「……それって、つまり」
オレは、意識不明の妹と、オーランドさんを交互に見た。
オーランドさんは長い指で顎のあたりをさすりながらいう。
「警告だよ」
「警告」
「陽斗くん、キミが一年前に噛んだ同級生を覚えているかい」
もちろんだ。
名前は工藤明日香。
当時は一年三組のクラスメイト。
ヴァンパイア化したばかりのオレは衝動を抑えきれず、放課後、教室にひとり残っていた彼女の首すじに食らいついてしまっていた。
そのあと、オレは気が動転し、知り合ったばかりのオーランドさんに泣きついた。
当時から、なにかあれば相談するようにといわれていたのもあって、オレはダメもとでオーランドさんに相談することにしたんだ。
すると驚いたことに、オーランドさんは、すぐに事態の収拾に動いてくれた。
オレの知らないところで、何かが行われているのは知っていたが、彼はそれ以上くわしくは教えてくれなかった。
今思えば、自分もヴァンパイアだったオーランドさんだ、彼にすれば、オレがやらかしそうなバカなことなんて、手に取るようにわかっていたんだろう。
工藤さんの件も、想定内といえば想定内の出来事だったんだろう。
オーランドさんはオレの肩をつかんだままいう。
「あのときボクは彼女の記憶を改ざんしたんだよ」
「え、そんなこと……出来るんですか」
「キミがヴァンパイア化して超人的な脚力を手に入れたように、ボクにそういった能力があっても不思議ではないだろう?」
「そうですけど」
「じつは問題があったんだ」
「えっ?」
「キミが手を出してしまった女の子はね、じつは敵方のヴァンパイアだったんだよ」
「なっ……」
工藤さんが、ヴァンパイア?
敵側の、ヴァンパイアだって?
「だからこそボクはあの日、工藤さんに接触して記憶を操ったんだ。しかし、しかしだ。今こうして事態は最悪の方向に舵を切っている」
芦屋にはヴァンパイアの二大勢力がある、それは山手と浜手にわかれて縄張りを持っている、そしてお互いに干渉しないという協定が結ばれている、とオーランドさんはいった。
「山手の長はボクなんだ」
「オーランドさんが?」
「そして浜手の長が最近、代替わりした。涼風紫苑――彼が長になったとたん、我々に警告があった」
「まさか……その涼風って人は、過去を見れるとか……」
それは、単なるオレの思い付きでいったことだったんだが、
「そういった能力があっても不思議ではないだろう」
オーランドさんは、どこか好戦的な目を宙に向けながらいったんだ。
「陽斗くん、もしも過去を見れるヴァンパイアがいたとしたら、どうなるだろう?」
「オレが工藤さんに――敵に手を出したことが……バレるでしょうね」
「では、今になって昔のことをほじくり返す、その真意はなんだと思う?」
「それは……」
オレは考えを巡らせるが、即座に答えは出なかった。
ただ、涼風紫苑というヴァンパイアの話になってから、オーランドさんの目がずっと好戦的になっている気がして仕方がなかった。
二人には、なにか因縁があるんだろうか。
オレがそんなことを考えていると、オーランドさんは何もない宙を見つめながら、そこへおもむろに手をかざすのだ。
「争いの火種を探しているのさ――陽斗くん」
そういったオーランドさんが、今度は宙にかざした手をぎゅっと握りしめた。
「もうすぐ芦屋の南北で、縄張りをかけた争いが起きるだろう――」
オレは新須磨病院の個室にいた。
病院には一時間ほど前についていたのだが、妹の茉奈の手当てが終わるまで、オレは待合スペースで待たされていたんだ。
須磨ビーチからここまでは距離にして一キロほどだった。
あのとき、オレは神宮司さんの目の前から消えて、走ってここまでやってきた。
通常なら走っても五分はかかるだろうが、オレは十秒ほどでたどり着いていた。
オーランドさんに気をつけるようにいわれていたのに、オレはヴァンパイアの脚力を使い、茉奈の香りをたどってここまでやって来ていた。
とつぜん現れたオーランドさんに、「茉奈ちゃんが病院に運ばれた」と聞かされて、オレは頭が真っ白になって冷静な判断が出来なくなっていた。
焦って驚いて怖くなったオレは、人目もはばからずに超人的な力で、まさに空を飛ぶ勢いでここまでやって来てしまっていた。
バケモノと化したオレを目撃し、それをスマホで撮影した人がもしもいたら、そう思うと鳥肌が立った。
SNSではすでに空を飛ぶオレの姿が世界に向けて配信されているかもしれない、そう思うと背筋が凍った。
でも――。
今はそんなことよりも。
「ごめん、茉奈」
オレはベッドで仰向けになっている茉奈に謝った。
茉奈は今、個室のベッドで仰向けになって眠っている。
目を閉じた妹の呼吸は規則正しく、先生は、命には別状がないという。
「お兄ちゃんのせいで……」
ベッド脇のスツールに座ったオレは不思議な気持ちで妹を眺めていた。
こんなときに不謹慎だと思うが、妹は、この空間にはどうも不釣り合いな存在に思えて仕方がなかった。
ロリータ系ファッションが好きな茉奈は、今も大きなピンクのリボンがついた黒のドレスワンピースを着たまま病院のベッドで眠っている。
幸い、茉奈は出血多量といった大げさな被害に遭ったわけではなかった。
医師によると、外傷はなく、襲われたショックで意識を失っているだけということだった。
しかし、襲われたという事実が、どうも非現実的に思えてオレにはしっくりと来なかった。
襲われたということは、犯人なる者が実際にいるということなのに。
けど。
けど。
犯人?
そんな者が、実際にこの世界にいるんだろうか?
映画や漫画ならまだしも、現実に犯人なる者が?
しかし、オレは手当てされた茉奈の首すじを見て小さく唸った。
たしかに、妹の首すじには包帯とガーゼで治療が施された形跡があった。
オレは頭を抱えてしまう。
どうしてこんなことに?
水族館で妹を襲った犯人は、偶然に妹を襲ったんだろうか。
それとも、茉奈の存在を知っていて、計画的に襲ったんだろうか。
リアルに考えると頭が痛くなってきた。
オレは指でこめかみを挟むようにつねる。
「……茉奈」
悪かった。
オレが茉奈を放って行ったせいで。
あのとき、足の悪い妹を放って、オレが神宮司さんを探しに行ったからこんなことに……。
ガチャ。
そのとき、病室にオーランドさんが入って来た。
オーランドさんはオレを見ると、かけていたサングラスを外し、オレの脇に立った。
「美雨さんのことは心配しなくていい」
「ありがとうございます」
「家まで送るといったんだがね。逆に彼女に気を遣われてしまってね、近くの駅まで送ってきたんだ」
「そうですか……すみません色々と」
神宮司さんは、オレのことをどう思っているんだろう。
まるで告白でもするようなシチュエーションで、いきなりオレは消えたんだ。
茉奈が病院に運ばれたと聞いて、気が動転したオレはあとさきを考えずに駆けだしていた。
「それより陽斗くん。これからボクが話すことを真剣に訊いてほしい」
「え?」
オーランドさんは茉奈を見下ろしながら、オレの肩に手を置いた。
オーランドさんのただならぬ気配に、オレは思わず窓を見つめた。
さっきまで綺麗な満月が見えていたのに、今は灰色の雲に隠れてしまっていた。
雨が降りそうだった。
雲行きが怪しかった。
あれだけ晴れていたのに……。
「陽斗くん、心して訊いてほしい」
オーランドさんの声音にわずかなイラ立ちが混じっているように感じられ、オレはふいにスツールで背筋を伸ばした。
「はい」
「率直にいうが、これは茉奈ちゃんをあえて狙った犯行だ」
「あえて? 茉奈を?」
「そして形式上はこれから警察が犯人捜査に動き出すだろうが、間もなくこの事件は権力者によって闇に葬られてしまうだろう」
「なっ……どうして」
興奮して思わず立とうとするオレの肩を、オーランドさんが力で抑え込んだ。
「落ち着きたまえ」
「ぐっ……でも」
「キミの怒りはわかる」
「じゃあっ」
オレが見上げると、オーランドさんの青い瞳に睨まれた。
彼のナイフのような鋭い視線に射抜かれて、オレは思わず怯んでしまう。
「もうキミの感情ひとつでどうにかなるステージではないんだよ」
「……でも、納得できません。どういうことか、ちゃんと教えてくださいっ」
オレが食い下がると、オーランドさんはなにもない宙をしばらく見つめ、おもむろに口を開いた。
「キミに本当のことを話すときが来たようだ」
「本当の?」
「どうか驚かないで訊いてほしい」
オレは唾を飲みオーランドさんの言葉に耳を傾ける。
本当のことってなんだ?
オーランドさんはなにを告白するつもりなんだ。
「じつはボクもキミと同じでヴァンパイアなんだ」
「なっ……」
思わず見上げたオーランドさんの瞳が、妖艶に赤く光る。
そんな……まさか。
困惑して上手く喋れないオレに、オーランドさんが静かに語り始めた。
まず、茉奈の首すじには何者かに噛みつかれた痕があったらしい。
それは鉛筆の芯で刺したような穴で、横並びに三つあったようだ。
ところが、噛まれた痕から出血はしていなかった。
いや、出血しないようにあえて慎重に手加減がされてあったと、オーランドさんはそう教えてくれた。
「……それって、つまり」
オレは、意識不明の妹と、オーランドさんを交互に見た。
オーランドさんは長い指で顎のあたりをさすりながらいう。
「警告だよ」
「警告」
「陽斗くん、キミが一年前に噛んだ同級生を覚えているかい」
もちろんだ。
名前は工藤明日香。
当時は一年三組のクラスメイト。
ヴァンパイア化したばかりのオレは衝動を抑えきれず、放課後、教室にひとり残っていた彼女の首すじに食らいついてしまっていた。
そのあと、オレは気が動転し、知り合ったばかりのオーランドさんに泣きついた。
当時から、なにかあれば相談するようにといわれていたのもあって、オレはダメもとでオーランドさんに相談することにしたんだ。
すると驚いたことに、オーランドさんは、すぐに事態の収拾に動いてくれた。
オレの知らないところで、何かが行われているのは知っていたが、彼はそれ以上くわしくは教えてくれなかった。
今思えば、自分もヴァンパイアだったオーランドさんだ、彼にすれば、オレがやらかしそうなバカなことなんて、手に取るようにわかっていたんだろう。
工藤さんの件も、想定内といえば想定内の出来事だったんだろう。
オーランドさんはオレの肩をつかんだままいう。
「あのときボクは彼女の記憶を改ざんしたんだよ」
「え、そんなこと……出来るんですか」
「キミがヴァンパイア化して超人的な脚力を手に入れたように、ボクにそういった能力があっても不思議ではないだろう?」
「そうですけど」
「じつは問題があったんだ」
「えっ?」
「キミが手を出してしまった女の子はね、じつは敵方のヴァンパイアだったんだよ」
「なっ……」
工藤さんが、ヴァンパイア?
敵側の、ヴァンパイアだって?
「だからこそボクはあの日、工藤さんに接触して記憶を操ったんだ。しかし、しかしだ。今こうして事態は最悪の方向に舵を切っている」
芦屋にはヴァンパイアの二大勢力がある、それは山手と浜手にわかれて縄張りを持っている、そしてお互いに干渉しないという協定が結ばれている、とオーランドさんはいった。
「山手の長はボクなんだ」
「オーランドさんが?」
「そして浜手の長が最近、代替わりした。涼風紫苑――彼が長になったとたん、我々に警告があった」
「まさか……その涼風って人は、過去を見れるとか……」
それは、単なるオレの思い付きでいったことだったんだが、
「そういった能力があっても不思議ではないだろう」
オーランドさんは、どこか好戦的な目を宙に向けながらいったんだ。
「陽斗くん、もしも過去を見れるヴァンパイアがいたとしたら、どうなるだろう?」
「オレが工藤さんに――敵に手を出したことが……バレるでしょうね」
「では、今になって昔のことをほじくり返す、その真意はなんだと思う?」
「それは……」
オレは考えを巡らせるが、即座に答えは出なかった。
ただ、涼風紫苑というヴァンパイアの話になってから、オーランドさんの目がずっと好戦的になっている気がして仕方がなかった。
二人には、なにか因縁があるんだろうか。
オレがそんなことを考えていると、オーランドさんは何もない宙を見つめながら、そこへおもむろに手をかざすのだ。
「争いの火種を探しているのさ――陽斗くん」
そういったオーランドさんが、今度は宙にかざした手をぎゅっと握りしめた。
「もうすぐ芦屋の南北で、縄張りをかけた争いが起きるだろう――」