やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
3章
学校帰り。
オレはJR芦屋駅構内で、改札を行きかう人たちに声をかけていた。
「血が不足しています! ご協力をお願いします!」
コンビニの前で、オレは「A型が特に足りてません」というプラカードを掲げて必死に声を出す。
もっと声を張らないと!
もっと腹の底から声を出さないと、オレは……オレは……平常心を保てない。
――オレも、神宮寺さんとカレー当番やりたいです。
はあ、ついにいってしまった。
オレは駅を行きかう人を眺めながら今日の出来事を思い出す。
よく考えたら、あんなのって……あんなのってもう、告白じゃないか。
ったく。
……バカだよな、オレ。
みんなが見てる前でなにやってんだよ。
神宮寺さん、絶対怒ってるよ。
迷惑だって絶対に思ってるよ。
ホントにごめん、神宮寺さん。
みんなの前で恥ずかしい思いをさせちゃって。
でも。
あのとき。
もしも躊躇してなにもいわずにホームルームを終えていたら……オレは……オレは……一生自分を責め続けただろう。
「献血のご協力をお願いします!」
オレは声を出しながら考える。
でも、もう少し後先考えてから行動しないとダメだよな。
自分だけのことじゃない、相手がいるんだ。
神宮寺さんのことを考えてから発言しないと。
明日から彼女が学校に行きづらくなったらどうするんだよ。
ああ、やっぱり失言だった。
絶対に嫌われたよ。
「A型が足りてません!」
オレは声を出しながら気付く。
いや、待て。
そ、そうだよ!
明日は終業式。
すぐに夏休みに入るじゃないか。
きっとみんなも何事もなかったように忘れるさ。
いや、クラスのみんなはあっけにとられてたよな。
やっぱりオレ……バカなこといっちゃったのかな。
ああ、もうわからない。
これはオレのバイト先。
部活動に入っていないオレは、高二になったタイミングで献血ルームでのアルバイトをはじめた。
動機はお金が欲しい……それだけならよかったのだが、本当の理由は他にあった。
オレは人間の血を吸いたい欲求がどうにも抑えられない性質の人間で、いわゆるヴァンパイアなのである。
しかし、生まれたときからこうだったわけじゃない。
家族は父も母も妹もフツーの人間。
映画のように人間の血ばかりを飲んで育ってきた生粋のヴァンパイア一家の出、というわけでもなかった。
高校に進学したタイミングで、いきなりオレだけがヴァンパイアになっていた。
コロナ禍に風邪の症状が出て、高熱で二週間以上も生死の境をさまよいなんとか生還して目を覚ますと、なぜか人間の血が欲しくてたまらなくなっていたのだ。
献血ルームで働けばいくらでも血が飲める、そんな不純な動機でこのバイトをしているならまだ気が楽だった。
理由はむしろその逆。
血を飲むほどに心に芽生える罪悪感を解消するためだ。
いっそ心もヴァンパイアにしてくれればよかったのに。
本気でそう思ってこの一年を過ごしてきた。
オレの欲求は誰かの犠牲の上に成り立っている。
せめて飲んだ血の分だけは世の中に奉仕したい。
そう考えて選んだのが献血ルームの仕事だった。
誰かの役に立てている、そう思えることが、今のオレにはなによりも必要なことだった。
夜八時。
休憩室のベンチに座っていると、学生服に着替えた広瀬結衣先輩が缶コーヒーをふたつ持ってやってきた。
「おっつー、朝野くん。はい、あげる」
「ありがとうございます」
「疲れたねー。隣座るよ」
「どうぞ」
高三の結衣さんは、大人っぽい見た目の美人の先輩だ。
茶髪を内巻きにした、いわゆる芦屋のお嬢様。
親はIT系の会社を経営していて、六麓荘町にある豪邸にはプールとベンツが三台もあるらしい。
「ぷはーっ、仕事終わりの缶コーヒーはうまいねぇ。これがビールなら最高なのに」
「え、ビール好きなんですか?」
缶コーヒーを飲んだオレは目を丸くしながら訊く。
「もー、冗談に決まってるじゃん。朝野くんってホント超ピュアだよね。まさか一滴もアル
コール飲んだことないとか言わないでよ?」
「あ、まあ……ないですけど」
「うそ。ひぇー、こりゃ天然記念物もんだわ。イケメンってさー、どうも心も体も素行も清いもので出来ているみたいだねー」
結衣さんがいたずらっぽく笑う。
「そんなオレ、イケメンなんかじゃないですよ」
「もー、なによ謙遜しちゃってぇ。ウチの武庫川女子高校にまで朝野くんファンがいるっていうのにさ~」
オレは返答に困り、頭をかく。
「あのう、結衣さん。ちょっと聞いていいですか?」
「なに、改まって? なんでも聞いてよ、遠慮なく」
「えっと、どうして結衣さんはお金持ちなのに、バイトをしてるんですか?」
訊くと、結衣さんがベンチで両足を浮かせた。
バタ足をするみたいに足を交互に動かしながらいう。
「パパの方針なんだよねぇ。パパさ、アメリカナイズされてるからさ。知ってる? 向こうのお金持ちはね、子供にもちゃんとアルバイトをさせるんだよ。一万円を稼ぐのにどれだけ労力を使うかをちゃんと体感させておくんだよ」
「なるほど、そうなんだ。なんか意外ですね」
「そう? お金持ちって経営者が多いし、人を使う立場じゃん? 社会の感覚とズレてたらそっちのほうがヤバいでしょ?」
結衣さんが可笑しそうに笑う。
「それもそうですね」
オレもつられて笑う。
そのとき、オレは異変に気がついた。
マズい。
さっきまで特になんとも思わなかったのに。
オレは先輩のきめ細かな肌を見てうずうずしていた。
ああ、ダメだ。
今すぐその白い首筋に食いつきたい。
――吸いたい、血を。
オレはJR芦屋駅構内で、改札を行きかう人たちに声をかけていた。
「血が不足しています! ご協力をお願いします!」
コンビニの前で、オレは「A型が特に足りてません」というプラカードを掲げて必死に声を出す。
もっと声を張らないと!
もっと腹の底から声を出さないと、オレは……オレは……平常心を保てない。
――オレも、神宮寺さんとカレー当番やりたいです。
はあ、ついにいってしまった。
オレは駅を行きかう人を眺めながら今日の出来事を思い出す。
よく考えたら、あんなのって……あんなのってもう、告白じゃないか。
ったく。
……バカだよな、オレ。
みんなが見てる前でなにやってんだよ。
神宮寺さん、絶対怒ってるよ。
迷惑だって絶対に思ってるよ。
ホントにごめん、神宮寺さん。
みんなの前で恥ずかしい思いをさせちゃって。
でも。
あのとき。
もしも躊躇してなにもいわずにホームルームを終えていたら……オレは……オレは……一生自分を責め続けただろう。
「献血のご協力をお願いします!」
オレは声を出しながら考える。
でも、もう少し後先考えてから行動しないとダメだよな。
自分だけのことじゃない、相手がいるんだ。
神宮寺さんのことを考えてから発言しないと。
明日から彼女が学校に行きづらくなったらどうするんだよ。
ああ、やっぱり失言だった。
絶対に嫌われたよ。
「A型が足りてません!」
オレは声を出しながら気付く。
いや、待て。
そ、そうだよ!
明日は終業式。
すぐに夏休みに入るじゃないか。
きっとみんなも何事もなかったように忘れるさ。
いや、クラスのみんなはあっけにとられてたよな。
やっぱりオレ……バカなこといっちゃったのかな。
ああ、もうわからない。
これはオレのバイト先。
部活動に入っていないオレは、高二になったタイミングで献血ルームでのアルバイトをはじめた。
動機はお金が欲しい……それだけならよかったのだが、本当の理由は他にあった。
オレは人間の血を吸いたい欲求がどうにも抑えられない性質の人間で、いわゆるヴァンパイアなのである。
しかし、生まれたときからこうだったわけじゃない。
家族は父も母も妹もフツーの人間。
映画のように人間の血ばかりを飲んで育ってきた生粋のヴァンパイア一家の出、というわけでもなかった。
高校に進学したタイミングで、いきなりオレだけがヴァンパイアになっていた。
コロナ禍に風邪の症状が出て、高熱で二週間以上も生死の境をさまよいなんとか生還して目を覚ますと、なぜか人間の血が欲しくてたまらなくなっていたのだ。
献血ルームで働けばいくらでも血が飲める、そんな不純な動機でこのバイトをしているならまだ気が楽だった。
理由はむしろその逆。
血を飲むほどに心に芽生える罪悪感を解消するためだ。
いっそ心もヴァンパイアにしてくれればよかったのに。
本気でそう思ってこの一年を過ごしてきた。
オレの欲求は誰かの犠牲の上に成り立っている。
せめて飲んだ血の分だけは世の中に奉仕したい。
そう考えて選んだのが献血ルームの仕事だった。
誰かの役に立てている、そう思えることが、今のオレにはなによりも必要なことだった。
夜八時。
休憩室のベンチに座っていると、学生服に着替えた広瀬結衣先輩が缶コーヒーをふたつ持ってやってきた。
「おっつー、朝野くん。はい、あげる」
「ありがとうございます」
「疲れたねー。隣座るよ」
「どうぞ」
高三の結衣さんは、大人っぽい見た目の美人の先輩だ。
茶髪を内巻きにした、いわゆる芦屋のお嬢様。
親はIT系の会社を経営していて、六麓荘町にある豪邸にはプールとベンツが三台もあるらしい。
「ぷはーっ、仕事終わりの缶コーヒーはうまいねぇ。これがビールなら最高なのに」
「え、ビール好きなんですか?」
缶コーヒーを飲んだオレは目を丸くしながら訊く。
「もー、冗談に決まってるじゃん。朝野くんってホント超ピュアだよね。まさか一滴もアル
コール飲んだことないとか言わないでよ?」
「あ、まあ……ないですけど」
「うそ。ひぇー、こりゃ天然記念物もんだわ。イケメンってさー、どうも心も体も素行も清いもので出来ているみたいだねー」
結衣さんがいたずらっぽく笑う。
「そんなオレ、イケメンなんかじゃないですよ」
「もー、なによ謙遜しちゃってぇ。ウチの武庫川女子高校にまで朝野くんファンがいるっていうのにさ~」
オレは返答に困り、頭をかく。
「あのう、結衣さん。ちょっと聞いていいですか?」
「なに、改まって? なんでも聞いてよ、遠慮なく」
「えっと、どうして結衣さんはお金持ちなのに、バイトをしてるんですか?」
訊くと、結衣さんがベンチで両足を浮かせた。
バタ足をするみたいに足を交互に動かしながらいう。
「パパの方針なんだよねぇ。パパさ、アメリカナイズされてるからさ。知ってる? 向こうのお金持ちはね、子供にもちゃんとアルバイトをさせるんだよ。一万円を稼ぐのにどれだけ労力を使うかをちゃんと体感させておくんだよ」
「なるほど、そうなんだ。なんか意外ですね」
「そう? お金持ちって経営者が多いし、人を使う立場じゃん? 社会の感覚とズレてたらそっちのほうがヤバいでしょ?」
結衣さんが可笑しそうに笑う。
「それもそうですね」
オレもつられて笑う。
そのとき、オレは異変に気がついた。
マズい。
さっきまで特になんとも思わなかったのに。
オレは先輩のきめ細かな肌を見てうずうずしていた。
ああ、ダメだ。
今すぐその白い首筋に食いつきたい。
――吸いたい、血を。