やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
5章
終業式の朝はとてもよく晴れていた。

神社の敷地内にある木造住宅を出た瞬間、力強い蝉の声が聞こえてきた。

私は後ろ手で玄関扉を閉め、鳥居にむかって軽くお辞儀をする。

今日も芦屋のみなさんが幸せでありますように――。

私は心の中でいって、くるりと背を向け歩き出した。

これ、私の毎朝の習慣なんだ。

今は普通になったけど、はじめは自分以外の人の幸せを祈るなんてちょっと変なことだと思ってた。

だってね、他人は自分とは関係ないし、そもそもこういうのって良い人ぶってるっていうか、自分が偽善者になったみたいでお腹がこそばゆかったんだ。

でも、習慣ってすごい。

亡くなったお祖母ちゃんの真似をし、ずっとこの習慣を続けているうちに、今ではごく自然に芦屋の人たちの幸せを願えるようになったんだもん。

でもまあ、そんなこといっても、私が学校でみんなから怖れられている事実に変わりはないんだけどね。

「神宮寺さん」

すると、国道沿いに出たところで声をかけられた。

「あ、ああ、ああああ……朝野……くん」

振り返った私は、驚きで目を丸くする。

クスノキが並ぶ歩道に、陽斗くんがいた。

白い歯を見せてこっちを見ている。

う、うそ。

どうして?

これって夢?

「神宮寺さんおはよう」

「お、おおお、おはおは……おはようございます」

驚いた私は、ふいに前髪に触れ顔を隠していた。

どうやら、夢じゃないみたい。

ええと、ええと……。

どうすればいいんだ。

なにか気が利いたこと、いえばいいんだっけ。

たしか、陽斗くんの家って山手のほうだよね?

通学路じゃないよね、なんでこんなところに?

あぁ……私の会話ってつまんないなぁ。

どうしよう、なにも言葉が出てこない。

そんな戸惑いが態度に出ていたんだろう、

「昨日ちょっと用事で。今日は大阪から電車通学なんだ」

と、陽斗くんがここにいる訳をなにげに教えてくれた。

陽斗くんは少し間を置いてから、こんなことをいう。

「でもよかった。神宮寺さんに無視されなくって」

「え?」

無視?

どういうこと?

「……あ」

訊こうと思った瞬間、彼が歩き出した。

私はドキドキしながら彼の背中を見る。

あのう……これって。

追いかけて、いいやつ?

……バカ。

ダメに決まってるよそんなの。

私なんかが一緒に登校しちゃダメだよ。

でもじゃあ、陽斗くんが行っちゃうよ?

どうすんのよ、私。

これ、チャンスだよ。

「あ、あああああああ、朝野く~ん」

そうして叫んで走ると、彼が立ち止まった。

「一緒に学校行かない?」

ドキッ。

あれ……?

陽斗くんから、誘ってくれた?

彼はニコッとした顔で私を見ている。

なんて爽やかな横顔なんだろう。

朝日を浴びた陽斗くんがキラキラ輝いている。

「い、いいい、一緒に……?」

私は肩を弾ませながら爆死覚悟で訊く。

彼は少し目にかかった前髪に触れた。

「うん。」

キャアっ。

うそみたい!

思わず自分の頬をつねりそうになる。

「あのさ、昨日はごめんね。ホントに」

すると、歩き出した陽斗くんがそんなことをいった。

「ど、どどど、どうして、謝るの?」

私も歩きながら彼に声をかける。

「昨日みんなの前でオレ、カレー当番したいっていっただろ」

「あ」

「神宮寺さんと一緒にって」

「うん」

昨日の記憶が蘇る。

体が熱くなってきた。

私は手を団扇のようにして顔をあおぐ。

「あ、ああ、あああ……あれね」

「あんなこといわれたら恥ずかしいよね」

「いや、そ、そそそ、そんなこと……」

「ホントごめん」

陽斗くんが肩ごしに私を見た。

その瞳はどこか寂し気だった。

「だ、大丈夫だよ私。全然大丈夫だよ」

「ホント?」

「ほ、ほほほ本当」

「なら、よかった」

私が高速で手を振りながらいうと、彼はホッとしたように笑う。

「は、ははは、陽斗くんは……みんなのことを思って……りりり、立候補してくれたんだもんね……私、陽斗くんのこと立派だなって……お、おおお、思ってたんだ」

私がいうと、陽斗くんはどこか寂しそうな顔をした。

いや、それは気のせいだったのかもしれない。

陽斗くんはすぐに笑顔でいう。

「みんなのためじゃなかったんだけど……」

「え?」

「ううん。許してくれてありがとう」

「はい、それはもう全然」

「てっきりオレ――」

彼がそこで口ごもる。

そのとき、私たちは無意識に五秒間ほど見つめ合っていた。

そして。

「神宮寺さん……遅刻する……かも。行こう」

彼がとっさに視線を逸らして歩く。

なんか早足だ。

いや、もう駆けている。

ぷはーっ。

彼との距離が開いて私も金縛りが解けた。

「だ、だよね、うん!」

今のは、なんだったんだ。

時が止まっていたみたい。

でも、なんか良い時間だった。

私は陽斗くんを追いかけた。

「そうだ!」

するとふと陽斗くんが振り返る。

近づくと彼が肩ごしにはにかんだ。

「あのう……ライン交換しない?」

「ラインっ?」

私は驚きで目を丸くする。

私のラインは家族だけ。

やり取りしてるのは、ほぼお母さん。

「い、いいのぉ」

「うん。カレー当番のこととか、色々とやりとりしたいから」

彼はいってスマホを差し出してきた。

家族以外からのバーコードをありがたく読みとらせてもらう。

うわー、嬉しいな。

夢みたい。

そう思って感動で彼を見上げる。

ん?

なんか、顔が赤くなってる?

いや、気のせいか。

「じゃあ、なんかメッセージ入れて」

「あ、は、はいっ」

私がスタンプを送ると、彼が今日イチバンの笑顔を見せた。

「うわーっ、アイコン猫なんだ。飼ってんの? 可愛い。オレ動物大好きなんだ」

「あ、か、かかか飼ってるっていうか……神社で世話している三毛猫なんだ」

「そうなんだ。今度おやつ持って遊びにいっていい?」

「うん、もちろん!」

それは高二の夏休み直前のこと。

私はそのときの出来事を、神様がくれたサプライズプレゼントだと、そう思っている。

陽斗くんとはじめて登校したあの日のことを、私は、生涯忘れることはないだろう。
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