やっぱり血祭くんが好き!【こちらはマンガシナリオです】
8章
学校帰り。

昼下がりの通学路をオレはひとりトボトボ歩いていた。

「は~」

思わず口からため息が漏れる。

結局、神宮寺さんと最後は話すことができなかったな。

終業式が終わったあと、彼女を追って渡り廊下に向かったんだけど……。

「てか、なんで桜子が?」

オレはやっぱり頭をひねる。

桜子こと桜坂峰子が、なぜか神宮寺さんと中庭でしゃべっていたんだ。

たしか二人は一年生のとき、一緒のクラスだったっけ。

仲が良かったなんて気づかなかったな。

オレも割って入ろうかと思ったが、やっぱりそれはできなかった。

なんだか二人は楽しそうだったし、正直オレはホッとしてもいた。

神宮寺さんっていつも教室でひとり本を読んでいる印象だったから。

もしかしたら友達がいないんじゃないかって、勝手に心配していた。

でも、そうじゃなかった。

オレの心配は杞憂に終わってなんだか安心した。

別に彼女からしたら、オレに心配される覚えはないかもしれない。

けど、オレは嬉しかったんだ。

神宮寺さんは良い子なのに、学校だとヘンな噂が流れているから。

彼女が機嫌を損ねると祟りが起きるとか、そんなのあるわけがないのに。

オレは落ち込んでいたときに彼女に救われたんだ。

神宮寺さんはオレの恩人――それに、それに――。

オレは彼女のことを考えながら、山手幹線から北にのびるけやき通りを歩く。

ここは六麓荘町につながる道で、通りにはオシャレな市民が行き交い、車道は他所では見れないような高級車がたくさん走る、いわば芦屋のシンボルのような道。

そんな穏やかな通りで、普段は見かけないような光景に出くわした。

「あ」

歩道を歩いていると、なんだか爆音を響かせたガラの悪そうな車が走って来た。

前を走るベンツにけたたましくクラクションを鳴らしている。

迷惑だな。

歩道を行き交う人たちも訝しげに立ち止まって見ていた。

「あ!」

そのとき、オレは驚きで目を疑う。

低学年ぐらいの男の子が、なんと車道に飛び出したのだ。

男の子は誤って蹴ったサッカーボールを追いかけている。

「おいっ」

オレは反対側の歩道から声を掛ける。

「あぶないって! 車が来てるって!」

だが、聞こえていない。

男の子はボールが車道に出たことでパニックになっていた。

自分に身の危険が迫っていることにまるで気づいていない。

「……っ」

オレはガラの悪そうな黒のスポーツカーを見た。

運転席の男は耳に電話を当てている。

どっちも気づいていない。

マズい……。

一瞬迷ったが、考える前に体が動いていた。

「おいっ」

オレの体は勝手に、この事故が起きかねない状況に見事に反応していたんだ。

ジャンプというよりも浮遊――。

歩道から高速で車道に移動したオレは、

「じっとしてて」

車道に出た男の子とサッカーボールを両脇に抱え、次の瞬間にはもう反対側の歩道に降り立っていた。

時間にして、一秒ほど。

ブオオオオオオンっ!

まだオレたちの影が残像として残るような車道を、さっきのスポーツカーが爆音を奏でながら何事もなかったように走りすぎていく。

「お、お兄ちゃん……誰?」

男の子は、まだなにが起きたのかがわかっていないようで、キョトン顔で見上げていた。

オレは怖がらせないようにニッコリすると、今度は少し語気を強めていった。

「車道に飛び出したらあぶないよ?」

「あ、ご、ごめんなさい」

そこで男の子は、ようやく事態を把握したようだった。

男の子は目を丸くさせ、きょろきょろと辺りを見回す。

オレは小さく息を吐いた。

「ほら、サッカーボール」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「ここでボールなんか蹴っちゃダメだよ。公園でな」

男の子の頭を撫でて立つと、オレは自分がかなり際どい状況にいることに気づき、とっさに下を向いた。

そして、そのまま振り返らずに歩を進める。

ヤバい。

今の、めっちゃ見られてたよな。

すっごく、まわりの視線を感じる……。

そりゃ、そうだよな。

たくさんの人が見てる前で、超人的な速さで移動したんだ。

オーランドさんにあれだけ釘を刺されていたのに。

――ヴァンパイア化したキミの身体能力は人間のそれを遥かに超えているから気をつけるように。

バカだな、オレ。

やってしまった。

神宮寺さんのこともそう、オレは最近なにかとやらかしてしまっている。

「あのう――」

「お兄さん、おケガはないんですか?」

そのとき、前から来た二人の女子中学生に声をかけられ、

「だ、大丈夫。気にしないで」

オレはとっさに視線を逸らし、手で顔を隠す。

とにかく、早くここから立ち去らないと。

じっとしてると、面倒なことになるぞ。

ただ、走ると余計不審に見えるから逃げるときは早足で。
 
オレは自分にそういい聞かせ、少し速度をあげて歩きはじめた。

歩道に立ち並ぶスーパーマーケットから出て来た人や、ゆっくりと脇を通りすぎていく車からの視線や、けやき通りですれ違う人たちの視線を、必死にかいくぐるようにして。


「はぁ……」

公園にたどり着いたオレは、ベンチに座ってひとり胸を撫でおろす。

なんとか逃げ切れた。

女子中学生も追ってきてない。

にしても、さっきはびっくりしたな。

頼むから車道になんか飛び出さないでくれよ……少年。

オレは深く息を吐くと、自分の掌を見つめた。

両手を開いたり閉じたりして、ため息をつく。

すると、ちょうど足もとのつる草の辺りにミツバチが飛んで来た。

しばらく目で追っていると、やがてミツバチはお目当てのものが見つからなかったのか、すぐにベンチの背後に植わるシャラの木へ飛んで行った。

オレは少しベンチの端にずれ、木陰に移動する。

そしてオーランドさんから聞いた話を思い出した。

彼がいうには、ヴァンパイアには様々な特徴があるようだ。

単純に腕力が人間を超える者もいれば、姿かたちを動物や蒸気なんかに変える者もいる。

ヨーロッパの吸血鬼伝説では天候を操れる者もいたそうだ。

そんな中、オレはどうやら脚力が人間のそれを超えていた。

少しの間なら、空を飛ぶことも。

中学までやってたサッカーをもし続けていたら、メッシもロナウドも足下に及ばない大エースにオレはなっていただろう。

「……ふっ、あははは」

ワールドカップ決勝の大舞台で、自分が空を飛んでいる姿を想像すると、オレは可笑しくなって笑いがこみ上げた。

しばらく声を出して笑うと、オレは気持ちを落ち着かせるように頬を叩く。

「もうちょっと慎重になれ、オレ」

そういい、オレはゆっくりとベンチを立つ。

動画や写真なんかを撮られたら世間は大混乱になる。

現実世界にヴァンパイアは存在しちゃいけないんだ。

それは、映画や漫画の世界にだけ君臨している存在。

そしてオレ自身も、自分が奇異の目にさらされることを望んではいない。

「もっと慎重になれ、オレ」

オレはもういちど自分にそう言い聞かせるのだった。
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