優しい彼の裏の顔は、、、。【完】
「こんな痩せ細った女はあまり好かねぇが、お前は元が良いからなぁ、まあそこそこ楽しめるだろう」
「…………っ」

 黛に触れられた瞬間、瞳を閉じた詩歌の脳裏にはある光景が浮かんでいた。

 それは郁斗と出逢ったあの日、彼のマンションでの出来事だった。

『……出来ればこのまま東京で生活をしていきたいって思っています』

 無計画に近い家出をした挙句、男に絡まれていた所を郁斗に助けられたあの日、いかに自分が無知で世間知らずだったかを思い知った。

 東京に来れば何とかなる、そんな根拠も何も無い中で決行した家出。現実を突き付けられた詩歌に最早選択の余地は無く、郁斗の言う仕事を紹介してもらうか家に戻るかの二択になってしまった時、

『郁斗さん、お願い、私を匿って……ここへ置いてくれるなら、何でもするから……どうか、お願いします』

 そう、頼み込んだ事が全ての始まりだった。

 そして、

 あまりにも何も考えていない詩歌に呆れた郁斗は、

『――い、くと……さん?』

 ソファーの上に詩歌を押し倒して(またが)ると、無言のまま見下ろしながら、

『男はね、みーんな狼なんだよ? こんな風に迫られてそんなに震えてたらさぁ、相手の思う壷だよ?』

 そう口にしていた。
< 133 / 192 >

この作品をシェア

pagetop