優しい彼の裏の顔は、、、。【完】
 だから今、黛に組み敷かれている彼女は、決して身体を震わせたりはしない。ただ、諦めるだけ。

 あの時の郁斗を怖いと思った自分がいたけれど、他の男に同じ事をされてよく分かる。

 あれは郁斗に対する恐怖ではなくて、未知の領域に踏み込まれそうになった事に対する恐怖だったと。

「何だ? 何の反応も見せないとか、随分余裕なんだなぁ? 本当に初めてなのかよ?」
「…………っ」

 だって郁斗は、こんな風に無理矢理犯すなんて事はしなかった。

 現にあの時も、

『……あの、私……』
『ん? ああ、ごめんね、怖くなっちゃったかな? 別に脅かすつもりは無かったんだよ。けどね――そういうこと、軽々しく言うもんじゃねぇよ? だって、こーんな風に迫られたら、逃げられねぇだろ?』

 態度を一変させて諭した後、

『ま、俺は“紳士”だから、何もしねぇけどな……』

 そう言って詩歌を襲う事もなく解放し、こうも言っていた。

『他の男なら、お前、ヤられてるぜ?』と。

 その意味が今、よく分かったのだ。

 本来無防備な女を前にした男はきっと、自分の欲を優先するのだと。

 けれど、そんな事に気付いたところで今更どうにかなる訳じゃない。

 黛という男を前にしては、何を言っても無駄だし、抵抗しようものならどんな目に遭わされるか分からない。

 首筋、鎖骨、胸元と這っていく彼の舌や指、乱暴に脱がされた服や下着。

 為す術なくされるがままの状態の詩歌は、ただ無言で耐えるだけ。

 そして、そんな中で思った事は……

(いっそあの時、郁斗さんに襲われてしまっていれば……良かったな……)

 初めての相手は、郁斗だったら良かったのにという事だけだった。
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