優しい彼の裏の顔は、、、。【完】
「だ、駄目ですよ、こんな事したら、傷口が……」
「大丈夫だから、こうさせてよ……それとも、こういうのは嫌かな?」
「……そんな、嫌だなんて……」
「ごめんね、守るって言ったのに、沢山辛い目に遭わせて。不安だったよね?」

 郁斗に抱きしめられて優しく言葉を掛けられると、それだけで涙腺が緩んでいく詩歌。

 そんな彼女の頭をそっと撫でると、詩歌の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていく。

「詩歌ちゃん?」
「……っ、いくと、さん……っわたし、……わたしっ」
「うん、大丈夫だよ。もう何も怖い事はない。もう絶対、一人にはしないから」
「……っう、ぇ……っ、いくと、さん……っ」

 きっと、囚われていた時の事や、彼が撃たれた事、離れていた時に起こった様々な出来事を思い出してしまったのだろう。

 抱き締められたままの詩歌は堰を切ったように泣き出し、彼女が落ち着くまで郁斗は頭や背中を優しく撫で続けていた。

 そして、ひとしきり泣いた詩歌は瞳に残る涙を拭おうとすると、その手を掴んだ郁斗。

 もう片方の手を詩歌の頬に当てて、親指で残っている涙を掬う。

 見つめ合う形になった二人。

 そんな二人の間に、言葉は無かった。

 涙を掬っていた郁斗の指が彼女の顎へ移動し、軽く持ち上げると――

「……っ」

 どちらからともなく、唇を重ね合わせた。
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