優しい彼の裏の顔は、、、。【完】
「郁斗……さん?」

 突然の事で一瞬何が起こったのか分からなかったらしい詩歌は少しだけ戸惑いを感じている。

「……詩歌ちゃん、そろそろ、いいかな?」

 郁斗の言葉で何かを察した詩歌の鼓動は急激に速まっていく。

 二人はまだ、キス止まり。

 それ以上先に進みたいと思った事は何度かあったけれど、タイミングを逃していた。

 その一つとして、詩歌は黛に無理矢理された時の心の傷が未だ残っていた事。

 それを分かっていた郁斗は決して無理強いをし無かったし、詩歌が大丈夫だと思える日まで待とうとさえ思っていた。

 でも、詩歌の思いは少し違っていて、郁斗にならば触れられても構わないという考えだった。

 けれど自分からしたい、して欲しいと言う勇気はなく、二人の想いはすれ違い、なかなか先に進めないままだった。

 そんな二人は今、次のステップへと進もうとしている。

「……嫌だったらしない。無理強いは、したくないんだ…………けど、俺は詩歌ちゃんを、抱きたいと思ってる」
「郁斗さん…………私……、私も、して欲しい……。郁斗さんになら、触れられても構わないんです。だけど、私の身体は…………綺麗じゃ、ないから……」

 郁斗に抱かれたいと思っている詩歌だけど、いざとなると、怖いのだ。

 黛に汚された身体を、郁斗に見せる事が。

 触れて、気持ちが昂った時、ふと他の男が触れた身体なんて汚いと思い嫌われてしまうのでは無いかと、どうしても悪い方へ考えてしまい不安でたまらなくなるのだ。

 そんな彼女の気持ちを痛い程感じた郁斗は優しく頭を撫でながら唇にキスを落とすと、

「――詩歌ちゃんは、綺麗だよ。大丈夫、嫌な事は全部忘れさせてあげる。俺でいっぱいにするから、余計な事は考えないで、全てを委ねて欲しい」

 安心させるように優しく問い掛ける。
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