優しい彼の裏の顔は、、、。【完】
「あそこのベンチに座るか」
「はい」
「先座ってろ。飲み物を買ってくから」
「あ、それなら私が……」
「いいから、座ってろ」
「……はい」

 車を出して貰っているし、飲み物くらい自分がという思いが樹奈にはあったけれど、恭輔がそれを受け入れるとも思えなかった彼女は早々に諦め、素直にベンチへ向かって行った。

「ほら」
「ありがとうございます、いただきます」

 そして、手渡されたココアの缶を受け取った樹奈は、恭輔が隣に腰を降ろしたタイミングで缶を開けて一口飲むと、暖かさと甘さと恭輔の優しさで、心の中がホッとするのを感じていた。

 樹奈は、恭輔に惚れていた。

 身を呈して助けてくれた、あの日から。

 だけど樹奈自身、昔から惚れやすい方だと自覚している事から、これがいっときの感情なのか本気の感情なのか、イマイチ理解しきれていなかった。

 それに、恭輔は極道の人間で自分とは住む世界が違うし、キャバ嬢の自分なんか見向きもされないだろう。

 そう思うと、万が一この感情が本気のモノだとしても決して報われる事はないという思いがあったから、この気持ちには蓋をしようと思っていた。

「どうかしたか?」
「え?」
「表情が、沈んでいるように見えた」
「あ……いえ、何でもないんです」
「何でも無いようには思えねぇけどな?」

 綺麗な星空を眺めているのに表情が沈んでいたなんて、そんなの明らかに何かあると言っている。

 指摘された樹奈は、どう答えればいいか分からずに黙ってしまう。

 勿論悩みはあるが、それは恭輔に対する気持ちなので本人に話す訳にはいかない。

 何か他に無いか、そう考えて出て来たのは、これからの自分の身の置き方だった。
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