優しい彼の裏の顔は、、、。【完】
「え……っと、その……」
「困るよね?」
「は、はい……」
「それじゃあ、こうならない為にはどうすればいいと思う?」

 相変わらず距離が近いままの郁斗を前にした詩歌は恥ずかしさと戸惑いで上手く頭が回らず、彼の質問の答えを考える事も動く事も出来ずにいる。

「……分からない?」
「えっと……すみません……」
「謝らなくていいよ。それじゃあ今の答えね。まず、ヘルプに付いたら基本向かいの席に着くこと。これはあくまでもうちの店の方針なんだけど、指名客の取り合いを防ぐ為なんだ。だから、二人きりになった際も絶対隣には座らない。そうすれば、さっきみたいに距離を詰められる事もないでしょ?」
「は、はい」
「ただ、中には隣に来いと強要する客もいると思う。そういう時はやんわり断って別の話題を振るとか、すぐにボーイを呼ぶんだ。いいね?」
「は、はい……分かりました」
「それと、酒を飲むよう強要された時も対処は同じだよ? とにかく相手を怒らせないよう、やんわり断る。それでも無理ならボーイを呼ぶ。一人で何とかしようとか、相手の誘いには乗らない事。いい?」
「はい」

 それだけ言うと、郁斗は詩歌を解放して距離を取った。

 ただ、仕事のノウハウを教えてくれているだけ。それを理解はしているものの、郁斗に迫られた時の詩歌は恐怖よりも恥ずかしさと何とも言えないむず痒さを感じていたけど、その感覚が何なのかという事は彼女自身分かってはいなかった。

 それからお酒の作り方や細かい注意点などをひと通り学んだ詩歌。

 気付けば時刻は午前二時半をとうに過ぎていた。

「さてと、もう結構良い時間だね。そろそろ寝ようか」

 そんな郁斗の何気ない一言に、詩歌の身体は反応を示す。

(は、そうだった。寝るって……私はどこで?)

 お風呂から上がった時に聞こうと思っていたのだが、郁斗の話が始まってしまいタイミングを逃してしまった事を思い出す。

 すると、そんな詩歌の疑問を分かっているかのように郁斗はこう口にした。
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