優しい彼の裏の顔は、、、。【完】
「……おい、そんな葬式みたいな(つら)してたら酒が不味くなるだろ? もっと客を楽しませろよ」
「す、すみません……」

 何故か冷たい郁斗に萎縮してしまった詩歌は、話をしようにも何を話せばいいのか分からなくなり黙り込んでしまう。

「そんなんじゃ、客はすぐボーイを呼んでチェンジを要求する。お前はそれでいいのか?」
「……こ、困ります……」
「それなら、自分で何とかしてみせろ。さっき副島の息子たちの時は楽しそうにしてただろう? それとも、俺相手じゃ楽しく過ごすのは無理なのか?」
「……そ、そんな事、ないです。すみません、ちょっと、気持ちを切り替えます」

 そう口にした詩歌は一旦俯き小さく深呼吸をすると再び顔を上げ、

「――失礼致しました。えっと、郁斗さんはどうして私を指名してくださったんですか?」

 先程までの暗い表情から一変、笑顔を向けて話を始める詩歌。

「……そうだな、一つはお前の力量を見る為だ」
「一つは? それじゃあ、もう一つは……?」
「もう一つは…………客としてお前に楽しませて欲しいと思ったからだ」

 郁斗のその言葉に詩歌は驚き、思わず目を見開いた。

 依然として表情や態度は変わらないものの、先程までのトゲのある言葉とは違って優しさが感じられ、詩歌は徐々に自信を取り戻していく。

 そうなれば酒を作る時のミスも減り、郁斗が煙草を吸おうとすれば、すかさずライターを手に取って火を点けるという気配りが出来るくらいの余裕が生まれていく。

 そんな中、郁斗はスマホをポケットから取り出すと着信が来ているのか画面を見た瞬間溜め息を吐いて電話に出た。
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