踏み込んだなら、最後。
「残念ながら僕はそんな気分じゃないです」
「あら、ベッドにおいでと言っただけよ。なにを想像したの?あたしはあなたとそんなことするつもりじゃないって、最初にも言ったはずだけれど?」
「…教えろよ。ワカツキはどこにいる」
僕だってできないよ、あんたとなんか。
それに好きな女とキスしてきた直後だなんて、なおさら最悪だ。
思い出すだけでゾクゾクと込み上げてくる。
あんなにも止まらないものなのかと、驚いた。
「やーね、その反抗的な態度。“僕はあなたのもの”とまで言っておいて、笑えるわ」
ここまで来て唯一掴めた情報は、“ワカツキ”というたったひとつの名前だけ。
そいつがこの街のどこかにいる。
4歳だった娘を「もう育てられない」という勝手な理由で捨てた最低な父親が、この街のどこかにいるのは確かだ。
「教えて欲しいなら私に従いなさい。それが嫌なら……出ていってくれる?」
なにも感じない膝の上、あたまを預けるように仰向け。
見下ろしてくる瞳がこの街の孤独を表していた。
しなやかな手からは、鬱陶しいほどタバコと香水の匂いがする。