踏み込んだなら、最後。




それだけ言って、女はマンションを出ていった。


不思議なのは、女ひとりでこんな街を歩けば秒で捕まるはずだ。

というのに、彼女の場合は周りが道を開ける。

彼女にだけは誰も声をかけない。


なにか特殊なバリアでも張られてるのかってくらいに。



「……会いたいよ、ユキちゃん」



きっとワカツキはこの街と関わっていたから、娘を施設に預けたんだろう。

もう育てられない───その理由だけで彼を悪だと断定することは、僕としてはできないところだった。


だってそれは車椅子の人間を見て「あの人は生まれたときから歩くことができなかったんだ」と、決めつけているようなものだから。


事故だったのかもしれない。
誰かに故意的にさせられたのかもしれない。

それを知りたかったから、僕はこの街─游黒街─にまで来た。



「でもね、なんにも知らない娘からしたら……それは“捨てられた”としかならないんだよ」



とか言ってる僕もいま、結局はあの子にまったく同じことをしてるのかもだけど。








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