踏み込んだなら、最後。
千石side




『お父さん、おれのお母さんはどこにいるの?』


『…捨てたんだ、あいつは父さんたちを』


『すてた…?どうしてっ』


『あんな女、どうだっていい。お前にお母さんはいないんだ、忘れなさい真澄』



俺が聞く度にそう説明してきた父親は、いつも必ずこぶしを握っては苦しそうだった。


どうだっていい、なんて言ってたけど。

その顔がどうだっていいものじゃないことは、幼い俺でも分かっていた。



「汐華さん」



呼んだだけで睨まれるようになった。

実際そういう顔、果てしなく苦手なくせに。
慣れてないから逆に泣きそうになってるし。


俺だっていつまでやればいいかなって、収拾つかなくなってる。



「今日、俺たちの溜まり場に来ない?」


「……千石くんは、どれが本当の顔なの?」


「ぜんぶ本当の顔だよ」


「………うそだよ、そんなの」



俺、鏡とか滅多に見ないんだよ。

手ぇ洗うときとか、歯を磨くときも、改めて見ることがない。

むしろ気にしたこともなかった。



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