踏み込んだなら、最後。
「うらやましーよ。…家族がいる俺より、いないそっちのほうがあったかいから」
「……千石くんの、お父さんは、」
「ふつーだよ。本当に普通の会社員……、いや、仕事にばっか逃げてる社畜かな」
ゆっくりと千石くんの背中を撫でてあげようとすれば、サッと逆に身体が離れてしまった。
私を抱きしめているあいだに彼はまた違う顔を貼り付けたんだ。
「…ずっと貧乏だった。昔から足りない思いしかしてない」
だからお母さんを見つけ出したかったのだろうか。
母親さえ揃えば、なにかが変わってくれるとずっと信じていたのだろうか。
「だからこそ0は、俺が自分の力で手にした地位なんだよ」
「じゃあどうして抜けようとしてくれたの?」
さっきとおなじ言葉でも、意味がまったく違う。
この質問は今日で2回目。
こんなにボロボロにされてまでも。
千石くんの立場なら、そうされるって最初から分かってたくせに。
「…試しに言ってみただけ。深い意味なんかないよ」
うそつき。
目的なく動く人間はいないって言ってたのは千石くんだよ。