踏み込んだなら、最後。
母親がいない僕には、母親を知らない僕には、大人の女の叫び声というものに慣れていない。
保母さんたちだって昔から優しかった。
注意はあっても、滅多に怒りはしなかった。
だから僕は、思わず言葉を飲み込んだ。
「確かにあたしはこの街で生まれて、この街でしか生きられないと言われつづけてきた。けれど……いつかぜったいに抜け出せると確信もしていたの」
確信?
できなかったら今なんだろ。
バカだったんだよ、単純にあんたが。
生まれた場所で幸せが決まることを知らなかったあんたが、ただの馬鹿だったんだ。
「それは、おなじ立場から抜け出した唯一の人間を知っていたからよ」
「……だれ?」
「あたしの兄さん」
何歳離れていたとか、その男がどんな奴だったとか、そんなものには大して興味がない。
もっともっと先が知り合いたいんだよ僕は。