踏み込んだなら、最後。
「兄さんは游黒街を抜け出して、ごく普通に暮らした成功者だったわ。
だからこそ親はあたしに執着するようになったけれど、あたしはそれでも兄さんを恨もうとは思わなかった。むしろ……彼はあたしにとって唯一の希望だったもの」
兄を追いかけていつか自分も、と。
自分も青空の下を飛ぶんだと願っていた、憐れなヤンバルクイナといったところか。
たとえ羽がついた鳥だとしても、飛べない鳥だっている。
「それであたしは、あるとき抜け出した外の世界でひとりの青年に出会った。すごく誠実で……嘘がつけない優しいひとだったわ」
「……それが旦那さん?」
「…そう」
「ぜんぶ話したの…?自分のこと」
「ええ。話したわ」
この人のことだ。
きっと最後まで隠し通したと思っていたから、意外だった。
当時の彼女は16歳、いや、もっと下か。
まだ子供とも呼べる判断力が、当たり前だけど今より劣っていたんだ。