踏み込んだなら、最後。
「その上でも愛してくれた。でも……本当の覚悟なんかできていなかったのよ。あたしも、あの人も」
この街のルールは、概念なんか平気で超えてくる。
俗世間で言われる“当たり前”が“当たり前”ではなく、俗世間で言われる“異常”が、こっちでは“当たり前”なのだ。
それが游黒街。
嫌になるほど知っているよ。
「守るためには、生まれた息子と旦那との関係をいっさい断ち切るしかなかった。…ふたりの安全と、あたしの人生を、交換したのよ」
16歳の女の子にその選択をさせることが、どんなに酷なことか。
生まれたばかりの息子をもっと抱きたかっただろう。
母親になりたかっただろう。
でも、愛する家族を守るためならと───この女は愛する家族を捨てたのだ。
その先でどんなに息子に恨まれようとも、いつか自分を殺してくるほど恨まれようとも。
それでもと、彼女は一生ぶんの“母親”をしたのだ。