踏み込んだなら、最後。




でも、その声は。
その……声は。


ぼんやりうっすらと見える影は、次第に輪郭を作ってゆく。

ピシッと着こなされたスーツ姿がまず最初。



「邪魔だから」


「んだよテメェ。邪魔してんのはお前だろーがッ」


「この女は僕の」


「あっ、おい…!」



新たに現れた存在に腕を掴まれた瞬間、ぶわりとまぶたいっぱいに涙が浮かんだ。

手の感触、近づいたときの匂い。


────……こんなところにいたの。



「しろちゃ、」


「こっち」



ずっとずっと小さかった頃、一緒に迷子になったことがあったね。

知らない町に行ってみたくて、最初は楽しかったけれどあとあと不安になってきて。


そのときも私は泣いてしまって、シロちゃんは今みたいに私の手を引いてくれた。



「はっ、はあ…!」



3日も1週間も10日も、私からすれば年単位だ。


シロちゃんのぶんの箸、いつも用意しちゃうよ。

ふとしたときに名前を呼んで寂しくなるんだよ。



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