レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 本を閉じて立ち上がり、目蓋を下ろせば母の美しい歌声が微かに聞こえてくる。
 ノツィーリアは急いで涙を拭うと、宙に手を掲げて、母の歌に合わせて舞を舞いはじめた。

『とっても上手ね、ノツィーリア』――。母との思い出にひたる間だけは、自然と笑うことすらできるようになる。
 ノツィーリアは円卓に積みあげられた本を見ないようにしながら、静寂の中、夢中で踊りつづけたのだった。

    ◇◇◇◇

 翌日のこと。
 ノツィーリアは自分で暖炉に火を入れ、その前に置かれたソファーに座ってぼんやりと炎を眺めていた。読書をする気も起きず、しばらくそうして過ごしていると、ずかずかと部屋に入ってきたノツィーリアの専属メイドたちが『きゃーっ』と奇声を上げた。
 不可解な声に、そっと振りむき様子をうかがう。するとメイドたちは円卓に置きっぱなしだった本を取り上げて興味津々と表紙を眺めていた。
 昨晩はそれらを片付ける気力も起きずそのままにしておいてしまったことに気付くも後の祭り、メイドたちはお務め用の本を主人に無断で開くと雑にページをめくっていき、それぞれ手にした本の中身を確認し合ってはその内容を声高に読みあげはじめた。
 聞きたくもない声から逃げるように前に向きなおり、視線を落とす。
 メイドたちはノツィーリアに向かってしばらく聞こえよがしに朗読を続けたあと、背後からさげすみの言葉を投げかけてきた。

「姉姫様、お務めでこんな淫らなことをなさるのですねえ」
「本当にこんなことを姉姫様がお出来になるのですかあ? 男性経験もないくせに?」
「あらかじめ練習なさらなくて大丈夫なのですか? 御本を読むより娼館で実践なさった方が早いのではございませんか?」

 それは名案だと一斉に笑いだす。

「でもそれだと【初物】を好まれるお客様はご不満かも知れませんねえ」
「そうそう小耳に挟んだのですが、初回を希望される方が多くてオークション状態になっているそうですよ? 値段も倍に膨れあがっているとか」
「初めてのお相手は、お優しい方だといいですねえ」

 そしてまた、ぎゃはははと下品な笑い声をノツィーリアの耳と心に突き刺してくる。
 早く出ていってほしいと密かに願う中、ふと静かになったことに気付いて振りむくと、メイドたちは勝手に円卓の椅子に腰かけて読書にふけりはじめていた。
 ぱらぱらとページをめくっては、ひそひそ話をはじめる。

「お客様ってきっと【ひひじじい】くらいしか来ないわよねえ」
「じじいにこんなことしなきゃなんないなんて気持ち悪っ。いくら積まれたらできる?」
「うーん。陛下が設定されている金額が五百万エルオンよね。だったら……五千万エルオン?」
「そのお金を独り占めできるんだったらまあギリギリ考えなくもないかなー」
「そうよねえ。()()()()()()()のがわかった上でこんなことしろって言われたら死にたくなるかも」

 そしてまた品のない爆笑を部屋中に響かせる。
< 12 / 66 >

この作品をシェア

pagetop