レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 聞きたくもない雑談は声量が大きいせいもあって、暖炉で爆ぜる薪の音に意識を集中させてやりすごそうとしてみても容赦なく耳に飛び込んでくる。

 本当に、これから自分は彼女らの読み上げた行為の数々を見知らぬ相手にしてさしあげなければならない――。ノツィーリアが自身に課せられた義務を思い、心の痛みに涙が浮かばないようにこらえていると、突如として、ばん、と勢いよく扉が開かれた。
 突然の大きな音に震えあがり、素早く振りかえる。するとそこには侍女頭が立っていた。怒り心頭といった表情をしている。

「あなたたち、なにを怠けているのですか! 働かざる者に与える俸給は一銭たりともございませんと、日頃から申しているでしょう!」

 するとメイドたちは勢いよく本を閉じてあたふたと立ち上がると、悲痛めいた口調で言い訳を始めた。

「申し訳ございません侍女頭様! ですがノツィーリア様が『私の代わりにこれを全部読みなさい』と命令してきて……!」
「……!?」

 まったく身に覚えのないことを訴えだすのを聞いて、ノツィーリアは目を見開きメイドを見た。
 視線が合うなり一瞬だけ口の端を吊り上げて、またすぐに反省の色をにじませた面持ちに戻る。
 今の意味深な笑みでなにかしら気付いてはもらえないだろうか――。そう願って侍女頭に視線を移すと、侍女頭はノツィーリアと目が合うなり呆れ顔になった。

「ノツィーリア様、わがままもいい加減になさいませ。少しはディロフルア様を見習ったらいかがですか? ディロフルア様はメイドにそのような無茶な命令は決してなさいませんよ」

 そんなはずはない、私に嫌がらせをしろと命じる方がよほど無茶なことを言っているのに――。
 そう反論したところでこの場をやりすごす嘘をついているだけとしか思われないだろう。もはや相手の思い描く【わがまま姫】を演じる以外に彼女らに飽きさせて解放される方法はない――。そう思い至ったノツィーリアは無言で正面に向きなおると、ソファーの陰でぎゅっと両手を握りしめて、早くひとりになりたいと願いつづけた。

 その祈りを聞き届けてくれる存在はどこにもいないのだろう――しかし侍女頭もメイドたちも、黙り込んだノツィーリアにそれ以上突っかかってくることはなく、挨拶もせずに部屋から出ていった。


「……。うう……」

 ようやく静寂が戻ってきた瞬間、涙があふれだした。手の甲で何度拭っても、傷ついた心から噴きだす涙は止めることができない。
 父王から命じられた暗記はまだ数冊しかできていない。しかし今のノツィーリアは、本を読むどころか立ちあがることすらできなかったのだった。
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