レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
「なにをなさっているのです姉姫様! 早まってはいけません!」


 突如として二の腕をつかまれて強引に引きもどされた。床に尻餅を突く直前、背中に手を添えられて衝撃を和らげられる。ノツィーリアを引き留めたのは妹の婚約者ユフィリアンだった。走ってきたのだろうか、息を弾ませている。

「なぜ貴方が私を……?」

 ユフィリアンは、座りこんだノツィーリアを無視してその場に立ち上がった。直後、ヒールの音が近づいてきた。
 もったいぶった足取りで歩みよってきたのはディロフルアだった。ユフィリアンに寄りかかるようにぴったりと隣に立ち、顔の下半分を扇子で隠す。

「ユフィリアン様はお優しくていらっしゃるのですねえ。お姉さまを助けてくださったこと、ありがたく存じますわ」

 目を細めてノツィーリアを眺めつつ、ありがたいなどと微塵も思っていない不気味な笑顔で感謝を口にする。
 婚約者は妹に顔を振りむかせると、笑顔を輝かせた。

「僕らの婚儀の前に不幸があっては縁起が悪いからね」
「ええ、ええ! 本当に、ユフィリアン様のおっしゃる通りですわ!」

 ディロフルアが婚約者に視線を返して何度もうなずく。
 見つめあったふたりは改めて笑みを浮かべたあと、床に座りこんだままのノツィーリアを見下ろしてきた。

「お姉さまはこれから大事な大事なお務めがあるのですから自害なんていけませんわ。お父さまが教えてくださいましたけれども、向こう一年の予約がすでに埋まっているんですって。魔道具を用いての観覧希望者も、一晩で五百人を優に越えているそうですわ。意外と人気者ですわねえ、お姉さまのくせに」

 最後の一言を吐きすてる風な口調で投げつけてきて、大仰な口ぶりで言葉を継ぐ。

「おかげさまで、わたくしたちの婚儀を一段と華々しくすることができますわ。ああ、お姉さまってば、なんて妹思いの尊きお方ですこと!」

 ディロフルアはノツィーリアに背を向けると、高笑いを廊下に響かせながら歩き去っていった。
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