レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
静寂が訪れれば、ほんのわずかだけ冷静さを取り戻す。
死に損ねてしまった、否、自ら命を絶とうとするなんてお母様に申しわけが立たない――。
ノツィーリアはよろよろとその場に立ちあがると、重い足取りで自室に戻っていった。
◇◇◇◇
その日の晩のこと。
自害しそこねたノツィーリアがベッドに倒れこんだままぼんやりとしていると、扉を叩く音が聞こえてきた。
普段メイドたちがしてくるような、悪意に満ちた乱暴な叩きかたではない。不審に思いつつ起きあがり、とぼとぼと扉の前まで歩いていき応答する。
現れたのは老執事だった。幼い頃、母と暮らしていた離宮で執事長をしていたその執事は白髪頭になっていて、記憶の中の姿よりずっと年老いていた。
母を知る召使いとの十七年ぶりの再会。懐かしさに涙が込みあげてくる。しかし感激しているのはノツィーリアの方だけで、相手はなんの感慨も抱いていないようだった。
まばたきを繰り返しつつ訪問者を部屋の中へと通す。老執事はひとりでやってきたわけではなく、続けて中年の料理人がワゴンを押しながら入ってきた。その上には丸い銀の蓋の被せられた料理が置かれている。コック帽の長さからして料理長であろう人が、ノツィーリアひとりのためにわざわざ食事を運んできたらしい。
その手厚さに、父王が今回の【事業】にどれだけ執念を燃やしているかがうかがい知れる。ノツィーリアの心にたちまち黒煙めいた暗雲が垂れこめはじめた。
ひんやりとした空気のただよう部屋の中を老執事が足早に歩き回り、いくつかある燭台に次々と火を灯していく。明るくなった部屋の壁際にノツィーリアが佇んでいると、ちらと視線を向けてきた執事は円卓に歩みよって椅子を引いた。促されるままにその前に立ち、おそるおそる腰を下ろす。こういった丁寧な扱いは久しぶりで気後れしてしまう。
昼のうちにこの部屋へと戻ってきてからずっと火の消えっぱなしだった暖炉に老執事が火を入れる一方で、料理長がノツィーリアの目の前に料理を置き、うやうやしい手付きで銀の蓋を開く。用意されていた料理は美しく透きとおった琥珀色のスープだった。
死に損ねてしまった、否、自ら命を絶とうとするなんてお母様に申しわけが立たない――。
ノツィーリアはよろよろとその場に立ちあがると、重い足取りで自室に戻っていった。
◇◇◇◇
その日の晩のこと。
自害しそこねたノツィーリアがベッドに倒れこんだままぼんやりとしていると、扉を叩く音が聞こえてきた。
普段メイドたちがしてくるような、悪意に満ちた乱暴な叩きかたではない。不審に思いつつ起きあがり、とぼとぼと扉の前まで歩いていき応答する。
現れたのは老執事だった。幼い頃、母と暮らしていた離宮で執事長をしていたその執事は白髪頭になっていて、記憶の中の姿よりずっと年老いていた。
母を知る召使いとの十七年ぶりの再会。懐かしさに涙が込みあげてくる。しかし感激しているのはノツィーリアの方だけで、相手はなんの感慨も抱いていないようだった。
まばたきを繰り返しつつ訪問者を部屋の中へと通す。老執事はひとりでやってきたわけではなく、続けて中年の料理人がワゴンを押しながら入ってきた。その上には丸い銀の蓋の被せられた料理が置かれている。コック帽の長さからして料理長であろう人が、ノツィーリアひとりのためにわざわざ食事を運んできたらしい。
その手厚さに、父王が今回の【事業】にどれだけ執念を燃やしているかがうかがい知れる。ノツィーリアの心にたちまち黒煙めいた暗雲が垂れこめはじめた。
ひんやりとした空気のただよう部屋の中を老執事が足早に歩き回り、いくつかある燭台に次々と火を灯していく。明るくなった部屋の壁際にノツィーリアが佇んでいると、ちらと視線を向けてきた執事は円卓に歩みよって椅子を引いた。促されるままにその前に立ち、おそるおそる腰を下ろす。こういった丁寧な扱いは久しぶりで気後れしてしまう。
昼のうちにこの部屋へと戻ってきてからずっと火の消えっぱなしだった暖炉に老執事が火を入れる一方で、料理長がノツィーリアの目の前に料理を置き、うやうやしい手付きで銀の蓋を開く。用意されていた料理は美しく透きとおった琥珀色のスープだった。