レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 本で学んだ淫らな行為を初対面の相手としなければならないという恥辱、その一挙手一投足を魔道具を通して大勢の人間に見られるという屈辱、自身のもてなしで満足させられなかったときに客を怒らせてしまうのではないかという恐怖。その後の父王からの叱責を想像すればたちまち体が委縮する。

 今すぐここから逃げ出したい、そして今度こそ手すりを乗り越えて石像に飛びつき、心臓を槍に貫かれたい――。

 その瞬間の痛みなど、これから味わわされる地獄と比べれば一瞬で終わる。
 周りを歩くメイドたちに気取られないよう駆けだす隙をうかがう。

 目だけで辺りを見回し始めたところで、ふとノツィーリアは我に返った。

(私、なんてことを考えてしまったのだろう)

 正気を取りもどした心に母の言葉がよみがえる。

『王族たるもの、誰に生かされているかを常に心に留めておかなければいけないわ。それを忘れて滅びた国をいくつも見たことがあるの』

(そうだ、今私が死んでしまえば、思うようにお金を得られなかったお父様がさらに国民を苦しめてしまう。そうして国が衰退していけば、国民のみなが路頭に迷うことになる)

 いつしか母とともに街へ出かけたときに見た、人々の屈託のない笑顔を思いだす。
 自分がこれから味わわされる屈辱を耐え忍びさえすれば、少なくとも父王の怒りの矛先が彼らに向けられることはない。

 この国に生まれてから今までの自身の生活が彼らに支えられてきたことを思い起こせば、どれだけ馬鹿げた責務であっても真正面から向きあい、国民に恩返しをしていかなければと思えてくる。
 揺らぐ心が次第に収まってくる。

(私は決して逃げだしたりしない)

 ずっと床に落としていた視線を前に向ける。
 奈落へと続く道であっても、自分の意思で歩いていける。


 意思を固めたノツィーリアが、メイドを追いぬかんばかりに歩みを速めた瞬間。


「お待ちくださいませ、お姉さま」


 この場で聞こえてくるはずのない声が聞こえてきた。
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