レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 公務をさせてもらえていないノツィーリアは、他国の元首と対面するのはこれが初めてだった。
 書物に描かれていた小さな姿絵でしか見たことのなかった敵対国の皇帝。齢十八にして皇帝の地位を父親から受け継ぎ、直後、周辺三ヶ国の併合に成功し、帝国を大国たらしめたのは十年前のことである。
 海峡の向こう側で起きたその歴史的事件により父王は帝国への警戒を強め、国交断絶するに至ったのだった。

 噂でしか聞いたことはないが、併合した国にひそむ反乱分子を見つけ次第、投獄すらせずその場で容赦なく斬り捨てるという、その冷酷無比さゆえに人々から恐れられているというルジェレクス・リゼレスナ皇帝。
 とはいえその世評から想像していた野蛮さの欠片もなく、気高い騎士を思わせる端正な顔立ちは思わず見惚れてしまうほどだった。
 しかし赤い瞳から放たれる眼光は氷でできた矢のように冷たく、視線がぶつかった途端に恐ろしさのあまり顔を背けてしまった。

 凍りついたノツィーリアの隣で、妹が声にならない声を洩らしはじめる。

「お、お、驚きましたわ……! お客さまってルジェレクス皇帝陛下でしたのね……! どうりでメイドたちが騒ぐはずですわ!」

 ディロフルアが声を弾ませる。妹もまた、客が誰であるかまでは知らされていなかったらしい。おそらくメイドたちが無礼にも客の姿を垣間見てその容姿を妹に知らせた結果、興味を持ったというところだろう。
 一番目の客が美青年だと判明したせいで、妹は『このお務めを通じて後宮の人選をする』などという愚かしい発想に至ったのかも知れない。

 ノツィーリアが考えを巡らせる横で、妹が完全に浮かれた口調で話を続ける。

「ルジェレクス皇帝陛下のお姿は十一年前、隣国の式典の際にお見かけして以来ですわ。その折にはご挨拶は叶わなかったのですけれども、今こうしてご挨拶する機会をたまわれて光栄に存じますわ」
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