レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 ノツィーリアがなにも答えずにいると、ディロフルアは丸めた両手で目元を隠し、まるで子供のように大げさに肩を震わせて泣きだした。本気で涙を流しているわけではなく、自分が傷つけられたことを周囲にアピールする仕草。
 それは幼い頃にノツィーリアが妹の手ひどいいたずらに思わず抵抗してしまったときから続く、姉の方が悪かったのだと周りに思いこませるための演技だった。

 奇妙な静寂が漂う中、わざとらしい泣き声だけが小さく響く。
 妹がこのまま引きさがるはずもなければ、客人の前で醜態をさらしている状況をいつまでも続けるわけにもいかない。相手は冷徹皇帝と呼ばれる男だ。
 そして物分かりの悪い妹に対して、今まさに王国の危機を招こうとしている事態であることを説明している暇もない。
 ノツィーリアは皇帝の怒りを買い、処刑される覚悟をもって皇帝の赤い瞳をまっすぐに見据えると、その場に正座して頭を下げ、絨毯に額をつけた。

「ルジェレクス皇帝陛下。ご気分を害したこと、心よりお詫び申しあげます。この件について処罰を望まれるのであればすべてわたくしめがお受けいたします。……どうかレメユニール王国第二王女ディロフルアがお相手を務めること、お許しいただけないでしょうか」

 背後から、泣きじゃくっていたはずの妹のつぶやきが聞こえてくる。

「(さっさとそうすればよかったのよ。そうすれば私が悪口を言われずに済んだのに)」

 歯を食いしばり、悔しさをぐっと飲みこむ。
 うそ泣きが止まれば再び静けさが戻ってくる。
 ノツィーリアが緊張感に震えながらも頭を下げつづけていると、懇願を突きはなす低い声が返ってきた。
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