レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 父王が皇帝を顎で指す。近衛兵のひとりが剣を抜いて近寄りだしても皇帝は相変わらず落ちつきはらった様子のままだった。
 濃く長い睫毛まで伏せて、まるでこの場で起きている出来事に興味すら示していないかのようにも見える。この国の王族と違って戦争という修羅場を潜りぬけてきたからなのか、異常事態に陥っても揺るがない態度にいっそ感心させられてしまう。

 とはいえルジェレクス皇帝はどう見ても丸腰だった。もし寝衣やガウンのどこかに武器を隠し持っていたとして、防具も着けていないひとりと強固な鎧をまとった大勢の兵士とではいつまでも持ちこたえられるとは到底思えない。

 ノツィーリアはいてもたってもいられずその場から駆け出した。

「お待ちくださいお父様! お務めは果たしますから皇帝陛下を害するなどおやめください!」

 皇帝と近衛兵との間に立ちふさがり両腕を広げてみせれば、剣を構えていた兵士がノツィーリアを見るなりぎょっとして頬を染める。お務め用の寝衣姿のノツィーリアを目にして動揺したらしい。
 この状況で利用できるものならなんだって利用してみせる――。さらに兵士をうろたえさせるべく、ノツィーリアは注視されている部分を見せつけるように胸を張った。

 必死になるノツィーリアの耳に、父王のため息が聞こえてくる。冷めた声が非情なる(めい)を下す。

「そいつは用済みだ。邪魔立てするならば殺しても構わぬ」
「はっ」

 すかさず応答した兵士が、今度はノツィーリアに向かって剣が振りかざす。
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