レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~

10 凄腕の魔導師

 魔導師は、大勢の兵士から今にも飛びかかられそうになっている状況にもかかわらずどこか楽しげだった。

「残念でしたあ~」

 近衛兵たちが駆けだそうとした矢先、片足を持ちあげてブーツの足裏全体で、どん、と床を踏み鳴らした。

「うっ!?」

 次の瞬間、その場にいる兵士全員が動きを止めた。何が起こったかわからないといった表情で必死に身をよじる。しかし誰もが足を床に縫いつけられたかのように、一歩も動くことができなくなっている。

 男たちのうなり声と金属製の鎧がこすれる音が部屋に充満していく中、魔導師が緊張感の欠片もない、どこか小馬鹿にした風な口調でつぶやいた。

「さてさて~? どこから行きましょうかねえ。まずは~……そこかな♪」

 ユフィリアンに向かって軽快に指を打ち鳴らす。
 その仕草の意味はすぐに判明した。兵士に馬乗りになって動きを制している最中のユフィリアンの髪と瞳の色が、それまでの金髪碧眼から燃えるような赤髪と緑目に変化したのだった。
 現実離れした光景に、ディロフルアが悲鳴を上げる。

「ずっとだましていたのね!? このわたくしを!」

 ユフィリアンがその問いかけに振りむくことなく、表情も変えずに淡々と答える。

「ディロフルア姫。君好みの髪色と瞳の色を用意しただけで、簡単に僕になびいてくれて助かったよ」
「そんな……! わたくしのことを愛しているとおっしゃっていたではありませんか! 『貴女は姉君よりもずっと美しい』って! 何度も何度も!」
「そりゃ言うさ。諜報任務に必要なことだったからね」
「ひどい……! 口づけはおろか抱擁すらしてくださらなかったのはそれが理由でしたのね!? 婚姻前だからなどと言い訳をして!」

 ずっと兵士を見下ろしていた緑色の瞳が横目で妹に視線を向ける。そのまなざしには一切の感情も込められていなかった。
< 41 / 66 >

この作品をシェア

pagetop