レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
「私はただ、レメユニール王家の失脚により国民が路頭に迷うことがなければと存じます」

 自分が要求できる立場にないことは理解していても、口にせずにはいられなかった。
 これだけは引き下がるわけにはいかない――。背筋を伸ばし、無理やりにでも自身を奮い立たせて皇帝を見据える。
 すると、ガラス板を元の位置に戻したルジェレクス皇帝が無言で手を差しのべてきた。
 その意図がわからず警戒した体が瞬時にこわばる。固唾を呑んで様子をうかがっていると、近づいてきた手がノツィーリアの銀髪を一束すくいあげた。
 目を伏せた皇帝が、そこに唇を寄せる。

(なぜそのような扱いを……!?)

 思いもよらない光景に、びくりと肩が跳ねる。
 ノツィーリアが驚きに固まっていると、長い睫毛に縁取られた目蓋が押し上げられ、その陰から現れた赤い瞳が温かな光を宿した。
 その輝きと同じくらいの優しい声で、薄く開かれた唇が言葉を紡ぐ。

「……。……そなたはこの期に及んで他者の心配をするのだな」
「これは母の言い付けであって、私自身の発想ではないのです。母は私が幼い頃、何度も私に言い聞かせてくれました。『王族たるもの、誰に生かされているかを常に心に留めておかなければいけないわ。それを忘れて滅びた国をいくつも見たことがあるの』と」
「なるほど。その目で世界を見てきた踊り子の言葉は重みが違うな」
「母を御存知なのですか!?」

 まさかルジェレクス皇帝がノツィーリアの母親を知っているとは思いもよらず、声が大きくなってしまった。
 ノツィーリアの銀髪から名残惜しげに手を離した皇帝が、表情を和らげてうなずく。

「かつて我が帝国にも、そなたの母君の所属するキャラバンがやって来たことがあるのだ。そのとき余は四歳であったゆえ事細かな記憶はないのだが、心おどる光景であったこと自体ははっきりと憶えておる。そなたの母君は我が国では伝説となっておるのだよ。我が国民は、誰もが今でも伝説の踊り子を語り継ぎ、憧れを抱きつづけておる」
「まあ、そうなのですね……!」
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