レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
2 異母妹の仕打ち
屈辱的な父王からの命令に加えて城仕えの者たちの悪態に追い打ちを掛けられて、ノツィーリアは今にも涙があふれそうになった。
(今は泣いてはだめ……!)
ほとんど走っている速度で長い廊下を歩いて自室を目指す。
ドレスをきつく握りしめ、泣きだしたい衝動を抑えていると、突如として誰かとぶつかってしまった。反動で後方によろけてその場にへたりこむ。その直後。
「きゃっ!?」
冷たい水を浴びせかけられてとっさに顔をそむけた。花瓶を持ったメイドと衝突してしまったのだった。
視線を落としていたせいですれちがう人影に気付けなかった――。詫びようとした矢先、相手が異母妹の専属メイドであることに気付いて口をつぐんだ。おそらく妹に命じられて、わざとぶつかり水をかけてきたのだろう。その証拠に、花瓶の口が明らかにノツィーリアの方に向けられていた。
目の前にしゃがみこんだメイドが、飛び散った切り花を拾いあげながら口の端をゆがませる。
「あらあ姉姫様、大変失礼しましたあ」
大仰な口ぶりで詫びながらも、その顔は楽しげだった。
普段ならこういった妹からの間接的ないじめは耐え忍ぶことくらいできる。しかし今は、父王から到底受け入れがたい命を下されたせいで無表情を保つのが難しくなっていた。
メイドが自分のいじめに手ごたえを感じて満足げに微笑む。
心を切りつけるその表情から顔を背けた途端、視界の端に派手な装飾の靴を履いた足が踏みこんできた。
「あらあ? お姉さま、このような場所に座りこんでなにをなさっているのです?」
「っ……!」
今一番聞きたくない声が聞こえてきた。手のひらで口を隠しつつ振りあおぐ。
そこには腹違いの妹ディロフルアが立っていた。ぜいたく三昧で太った体を無理やりドレスに詰めこんでいるせいで、繊細な生地で作られた衣装は形がゆがんでいる。
その隣には婚約者のユフィリアンが並び立っていた。二人の共通点である淡い金色の髪がランプの灯りを帯びて輝いている。
ノツィーリアがなにも答えずにいると、茶色の瞳が扇子の端から軽蔑のまなざしを向けてきた。
「まあ! お姉さまったらびしょぬれではありませんか。なんと汚らわしい。さすがいやしい娼婦の娘ですこと」
「……!」
(お母様は娼婦なんかじゃない! お父様がお母様を監禁して犯したというのに……!)
その思いは言葉にはできなかった。言いかえしたが最後、その場では白けた目付きをして去るだけにもかかわらず、あとからノツィーリアの専属メイドを通して陰湿なやりかたで肉体的にも精神的にも執拗になぶるという反撃をしてくるからだ。
辛辣な言葉を聞こえよがしに浴びせてきたり、持ち物を隠したり、食事にごみをまぶしたり、ソファーやベッドに針を仕込んだり。
数々の嫌がらせを思いおこせば今まで散々痛めつけられてきた心と体はたちまち萎縮してしまう。
(今は泣いてはだめ……!)
ほとんど走っている速度で長い廊下を歩いて自室を目指す。
ドレスをきつく握りしめ、泣きだしたい衝動を抑えていると、突如として誰かとぶつかってしまった。反動で後方によろけてその場にへたりこむ。その直後。
「きゃっ!?」
冷たい水を浴びせかけられてとっさに顔をそむけた。花瓶を持ったメイドと衝突してしまったのだった。
視線を落としていたせいですれちがう人影に気付けなかった――。詫びようとした矢先、相手が異母妹の専属メイドであることに気付いて口をつぐんだ。おそらく妹に命じられて、わざとぶつかり水をかけてきたのだろう。その証拠に、花瓶の口が明らかにノツィーリアの方に向けられていた。
目の前にしゃがみこんだメイドが、飛び散った切り花を拾いあげながら口の端をゆがませる。
「あらあ姉姫様、大変失礼しましたあ」
大仰な口ぶりで詫びながらも、その顔は楽しげだった。
普段ならこういった妹からの間接的ないじめは耐え忍ぶことくらいできる。しかし今は、父王から到底受け入れがたい命を下されたせいで無表情を保つのが難しくなっていた。
メイドが自分のいじめに手ごたえを感じて満足げに微笑む。
心を切りつけるその表情から顔を背けた途端、視界の端に派手な装飾の靴を履いた足が踏みこんできた。
「あらあ? お姉さま、このような場所に座りこんでなにをなさっているのです?」
「っ……!」
今一番聞きたくない声が聞こえてきた。手のひらで口を隠しつつ振りあおぐ。
そこには腹違いの妹ディロフルアが立っていた。ぜいたく三昧で太った体を無理やりドレスに詰めこんでいるせいで、繊細な生地で作られた衣装は形がゆがんでいる。
その隣には婚約者のユフィリアンが並び立っていた。二人の共通点である淡い金色の髪がランプの灯りを帯びて輝いている。
ノツィーリアがなにも答えずにいると、茶色の瞳が扇子の端から軽蔑のまなざしを向けてきた。
「まあ! お姉さまったらびしょぬれではありませんか。なんと汚らわしい。さすがいやしい娼婦の娘ですこと」
「……!」
(お母様は娼婦なんかじゃない! お父様がお母様を監禁して犯したというのに……!)
その思いは言葉にはできなかった。言いかえしたが最後、その場では白けた目付きをして去るだけにもかかわらず、あとからノツィーリアの専属メイドを通して陰湿なやりかたで肉体的にも精神的にも執拗になぶるという反撃をしてくるからだ。
辛辣な言葉を聞こえよがしに浴びせてきたり、持ち物を隠したり、食事にごみをまぶしたり、ソファーやベッドに針を仕込んだり。
数々の嫌がらせを思いおこせば今まで散々痛めつけられてきた心と体はたちまち萎縮してしまう。