レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 咳の収まったノツィーリアが振りむくと、皇帝は顔を真っ赤にしていた。
 その赤みがうつってしまったかのように、ノツィーリアの頬にも熱がこもる。

「いえ、あの、……本当にありがとうございます、親切にしてくださって。でも、どうして初対面の私をこのように厚遇してくださるのですか」
「初対面……そうよな、対面したのは昨晩が初めてではあるが……。余がそなたについて初めて耳にしたのは十七年前、そなたの母君の葬儀の際だ。そなたは六歳という幼さにもかかわらず『涙をこらえ、凛と前を見据えていた』と葬儀に参列した父上が話していた」
「そ、そうなのですね……」

 いきなり子供の頃の話をされて、ノツィーリアは面食らってしまった。
 その反応に、ルジェレクス皇帝がたちまち気まずげな表情に変わる。

「すまない、どこから話を切りだせばよいものやら。そのときはただ、幼くとも気高きそなたに尊敬の念を抱いておったのだが……」

 一旦そこで言葉を区切ったルジェレクス皇帝が空になったグラスを取り上げて、ノツィーリアの背中に手を滑らせて腰を抱きよせた。
 触れあう肌の熱さにノツィーリアがどきどきして固まっていると、顔を近づけてきた皇帝がノツィーリアの頭に口づけた。
 赤い瞳が目を覗き込んできて、照れくさそうな笑みを浮かべる。

「白状しよう。余はかねてよりそなたに焦がれておったのだ。ユフィオルトからもたらされる話を聞くたびに、想いは燃えあがるばかりで……」
「ユフィオルト様が私の話を?」
「ああ。レメユニール王家の中で唯一王族としての品格を持ち、家族や従者から冷遇されても誰かに当たることもなく耐え忍ぶ姿は立派であったと」
「そうですか……」

 自分を軽蔑していると思っていた相手がそんな風に見てくれていたことに驚くとともに、そもそも妹の元婚約者の振るまいがすべて演技だったことに改めて驚かされる。
 大国の間者という存在のすごさについてしみじみ考えていると、ルジェレクス皇帝がノツィーリアの髪に頬をすりよせてきた。
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