レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 ノツィーリアは自分を抱きしめるようにして胸の上で両手を重ねると、ルジェレクス皇帝の赤い輝きを放つ瞳を一心に見上げて心の底からの笑みを浮かべてみせた。

「ルジェレクス皇帝陛下。わたくしめに御心を砕いてくださったこと、いくら感謝してもしきれません」
「ノツィーリア姫……!」

 顎をすくわれて、唇が近づいてくる。
 あふれる想いに任せて口づけを受けいれようとした、その瞬間。


「ほ~ら陛下、寝室に転移して正解だったでしょお~?」
「!?」


 予期せぬ呼びかけにびくりと肩が跳ねる。震えあがったノツィーリアが声の方を見ると、そこには魔導師が立っていた――わけではなく空中に横たわっていた。まるで見えないハンモックに寝そべるかのような姿勢で肘枕をしている。
 突然の訪問者に驚いたノツィーリアは慌ててガウンの前を重ねあわせて肌を隠した。
 一方で、皇帝が髪を掻きあげてため息をつく。

「まったく貴様は……。やはり『複数人をまとめて飛ばす転移魔法は同じ環境である方がやりやすい』というのは虚言であったか。貴様ほどの力があって、たかだか四人程度を同時に飛ばす魔法に労するはずもなかろうに」
「な~にをおっしゃいますやら。やりやすいのは本当ですけど~?」

 皇帝は魔導師の方に視線をやることもなく水瓶を傾けてグラスに水を注ぎ、それをひと息で呷った。何の前触れもない臣下の訪問に別段驚いた様子もなく、口づけを中断させられたことをとがめもしない。
 魔導師がそこにいるのがわかっていたかのような皇帝の態度に、ノツィーリアは衝撃を受けずにはいられなかった。

「慣れていらっしゃる……?」
「こやつには自由を許しておるのでな。神出鬼没で申し訳ない」

 皇帝の自室であっても自由に出入りが許されている――。ある可能性に思い至ればつい声が大きくなってしまう。
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