レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 気まずさに顔を上げられなくなる。しかしノツィーリアの方から引きとめた手前いつまでも待たせるわけにはいかないと、気を取りなおしてもう一度姿勢を正した。
 魔導師をまっすぐに見つめて笑みを浮かべてみせる。

「此度の一連の作戦、貴方様が立案なさったと皇帝陛下から伺いました」
「まあそれはその通りなんだけど。下卑た発想には下卑た発想で返すってのは、そこの皇帝にはできないことだからね~」

 軽い口調でそう言いながら皇帝を顎で指す。無礼な態度に肝が冷えたが、ちらりと皇帝を見ると別段気にする素振りもみせなかった。こうした態度も日常なのかも知れない。
 およそ君主と臣下のやり取りには見えない軽薄さに驚いていると、三日月型だった目が見開かれてノツィーリアの全身を見回した。

「初めて会ったときから思ってたけど、よくもまあこんな天女みたいなお姫さまを悪女だなんて言ったもんだよね~。陛下、今から褒美の変更って可能です?」
「始めから許可しておらぬといっておるだろう!」
「はいはい。じゃあね~」

 魔導師は軽く手を振ると、その場から一歩も動かずにふっと姿を消した。


「まったくあいつは……。すまぬな、驚かせてしまって」
「いえ、気にしておりません、皇帝陛下」

 返事した途端、眉をひそめた表情を返される。
 何か無礼なことをしてしまったかもと不安を感じていると、皇帝が歯を見せて笑った。

「呼び方が戻っておるぞ。昨晩は幾度も余のことを名で呼んでいたではないか」
「え! そ、それは……!」

 昨日の夜は、肌を合わせている最中に『名を呼んでくれないか』と乱れた呼吸の間に耳元で囁かれて、夢中で名を叫びつづけてしまったのだった。そのたびに皇帝は『ノツィーリア』と()を付けずに甘い声で何度も呼びかえしてくれていた。改めて思いだせば、そのときに体の奥に感じたしびれがよみがえる。
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