レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 もじもじとうつむいていると、皇帝がノツィーリアの銀髪を手の甲で払い、襟足に手を差しこんできた。頭を引きよせられて、そっと額を合わせられる。
 至近距離から優しい声が聞こえてくる。

「……まずは名を呼ぶところから始めようか」
「は、はい。……ルジェレクス様」
「よろしい」

 温かな笑顔、続けて鼻先に口づけ。ちゅっと鳴らされた音が心をくすぐる。

「突然連れだしてしまって勝手だが、これからは余と共に歩んでもらえぬだろうか。我が妃として」
「身に余る光栄に存じます、ルジェレクス様。ですが、お母様に似てるからという理由だけでリゼレスナ帝国の皆様が私を受け入れてくださるかどうか……」
「文句を言う者がいれば、余がその者を説き伏せよう。余がどれほど深くノツィーリア姫を我が妃として求めているか、余がそなたのどこに惹かれているか。帝国民全員が納得するまで演説したっていい」
「演説、でございますか!?」

 熱弁を振るう皇帝を思い描く。力強く語るその内容は、ノツィーリアの魅力についてだという。
 とても平然と耳を傾けていられる自信がない。

「あの、その演説内容は、勘弁してください……!」

 ノツィーリアが恥ずかしさのあまり泣きそうになっていると、大きな手のひらに頬を包まれ、もう一度鼻に唇を寄せられた。
 ノツィーリアの目を覗き込んでくる瞳が優しい光を帯びる。

「では改めて問おう、ノツィーリア姫。余と共に歩んでもらえぬだろうか」
「はい、ルジェレクス様……!」

 あふれる想いをこらえきれず、ノツィーリアは皇帝に思いきり抱きついた。


 これから祖国がどうなるか、どうすれば国民を守ってあげられるのか、なにも持たない自分が大国の皇帝にどう寄り添っていけるのか。考えることはたくさんある。
 しかし冷徹さなど今は微塵も感じさせない心優しき皇帝に抱きしめ返された瞬間、その力強さにすべてを奪われてしまう。
 温かな腕の中で、母の言葉を思いだす。
< 65 / 66 >

この作品をシェア

pagetop