レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
 妹のすぐ隣で、妹の婚約者ユフィリアン・シュハイエルが眉をひそめてノツィーリアを見る。きっとノツィーリアの王族らしからぬ振るまいにあきれているのだろう。
 早くどこかへ行ってほしい――。そんなささやかな願いは妹の弾む声に打ち砕かれた。

「ああ、もしかしてお父さまから例のお話を聞いたのですか? それでショックを受けてそのザマですの? 王族たる者がなんと情けないこと。そうは思いませんこと? ユフィリアン様」
「そうだね、ディロフルア」

 問いかけられた婚約者が何度もうなずく。公爵家のひとり息子である彼は、妹がどんなに理不尽なことを言おうとも常に全肯定する。シュハイエル公爵家の悲願である王家の一員に加わることができるとあって、その座をなんとしても逃すまいと必死になっている様子がうかがえる。
 婚約者の返事に妹は満足そうに目を細めると、扇子でひと仰ぎしてから再び口元を隠した。

「せいぜいお励みなさいな。わたくしには遠く及ばぬ程度の美しさとはいえ、見た目しか取り柄のないお姉さまには大変お似合いのお務めですわ。かわいい妹であるわたくしの盛大なる婚儀の資金をそのお体で稼ぎだしてくださるなんて、素晴らしく妹思いのお姉さまですこと」

 王妃によく似た高笑いが廊下に響きわたる。ディロフルアはひとしきり笑い声をノツィーリアに浴びせかけたあと、ヒールの音を鳴らしながら去っていった。


 ディロフルアの思い描く理想の婚儀は現在資金難に陥っており、遅々として準備が進んでおらず日程は延期に延期を重ねていた。大臣たちからいくつかの点においてグレードを下げて費用を抑えるように説得されても、わがまま放題に育てられてきた妹はまったく聞く耳を持たない。日ごろ廊下に響く金切り声は、婚儀の準備の遅延を臣下に八つ当たりする妹の声だ。
 しびれを切らした妹が父王をせっついた結果、父王はノツィーリアを利用することにしたのかも知れない。

『ノツィーリア姫は悪女である』という噂を絶えず流し、ぜいたくに溺れているのは姉姫ひとりだけだとか、公務に出てこないのは面倒くさがっているだけだとか、重税を課さざるを得ないのは姉姫の責任であるなどと、国民の不満を自分たちから逸らすために父王はノツィーリアを盾にしつづけている。そんな悪名高いレメユニール王国第一王女に同情を寄せる者などこの国にはどこにもいない。

 しばらくその場を動けずいると、ノツィーリア付きのメイドたち――その実、ディロフルアの言いなりになっている者たち――がバケツやモップ、雑巾を手にぞろぞろと歩みよってきてノツィーリアを取り囲んだ。
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