レンタル姫 ~国のために毎夜の夜伽を命じられた踊り子姫は敵国の皇帝に溺愛される~
「まったく、面倒な仕事を増やさないでいただけます?」
「妹君と違って、姉姫様は大変不出来でいらっしゃること」
「ディロフルア様から姉姫様のお務めについて伺いましたよ? ようやく王家に貢献することができてよかったですねえ」
「毎夜殿方をとっかえひっかえできるなんて、亡き側妃様ゆずりの美貌と肉体を活かせる最高のお務めではございませんか」
メイドたちが一斉に笑い出す。
ノツィーリアは涙をこらえつつ立ち上がると、嘲笑を背に受けながら廊下を駆けだした。
◇◇◇◇
凍える指先に息を吹きかける。白い吐息が冷えきった風にさらわれていく。
ノツィーリアは冬の凍てつく寒さの中、石造りのバルコニーに佇んで王城からの景色を眺めていた。今はそれくらいしかすることがなかった。なぜなら水に濡れた衣服を着替える間もなく、自室に逃げ込んだノツィーリアを追って部屋に踏み込んできた専属メイドたちから『掃除の邪魔よ』と外に放りだされたからである。
厚い外套をまとったところで濡れた部分の冷たさと足元から忍びよる寒さは防げず、徐々に体温が奪われていく。
「寒い……」
自分を抱きしめるようにして二の腕をさすりはじめれば、ガラス扉の向こうから下品な笑い声が聞こえてくる。振りかえらずともわかる、ノツィーリアの無様な姿を見てメイドたちが嘲笑しているのだ。
彼女らは主人であるノツィーリアのために掃除しているわけではなく、厳格な侍女頭が抜き打ちで仕事ぶりを確認しに来るため仕方なく働いているのだった。渋々手を動かしているせいか、とにかく仕事が遅い。
そして今日は早朝にも掃除したばかりだというのにわざわざもう一度掃除を始めたのは、水に濡れたノツィーリアの方を外に追い出して、寒がる姿を見て面白がろうという魂胆だった。もし侍女頭になぜまた掃除しているのかと追及されても、主であるノツィーリアが水を浴びて部屋を汚したからとでも言い訳をするのだろう。
側妃であったノツィーリアの実母が殺められたのは十七年前、ノツィーリアが六歳の頃。以降、ノツィーリアは義母である王妃や三歳年下の異母妹から虐げられつづけている。
彼女たちから直接手を下されること自体は少なくても、王妃と第二王女の息のかかったメイドたちが日々飽きもせずに様々な嫌がらせをしてくるのだった。
国王である父は、踊り子だった母を大層気に入ったあまり、まず母を歓待するという名目で王城に呼びつけて監禁し、その上で母の所属するキャラバンの人々全員の殺害をほのめかして母を折れさせるという強引な手を使って母を召し上げた。それほどまでに、世界に名をとどろかせた踊り子に熱を上げていた。そのおかげか母が存命の頃はノツィーリア自身もかわいがられてはいた。
「妹君と違って、姉姫様は大変不出来でいらっしゃること」
「ディロフルア様から姉姫様のお務めについて伺いましたよ? ようやく王家に貢献することができてよかったですねえ」
「毎夜殿方をとっかえひっかえできるなんて、亡き側妃様ゆずりの美貌と肉体を活かせる最高のお務めではございませんか」
メイドたちが一斉に笑い出す。
ノツィーリアは涙をこらえつつ立ち上がると、嘲笑を背に受けながら廊下を駆けだした。
◇◇◇◇
凍える指先に息を吹きかける。白い吐息が冷えきった風にさらわれていく。
ノツィーリアは冬の凍てつく寒さの中、石造りのバルコニーに佇んで王城からの景色を眺めていた。今はそれくらいしかすることがなかった。なぜなら水に濡れた衣服を着替える間もなく、自室に逃げ込んだノツィーリアを追って部屋に踏み込んできた専属メイドたちから『掃除の邪魔よ』と外に放りだされたからである。
厚い外套をまとったところで濡れた部分の冷たさと足元から忍びよる寒さは防げず、徐々に体温が奪われていく。
「寒い……」
自分を抱きしめるようにして二の腕をさすりはじめれば、ガラス扉の向こうから下品な笑い声が聞こえてくる。振りかえらずともわかる、ノツィーリアの無様な姿を見てメイドたちが嘲笑しているのだ。
彼女らは主人であるノツィーリアのために掃除しているわけではなく、厳格な侍女頭が抜き打ちで仕事ぶりを確認しに来るため仕方なく働いているのだった。渋々手を動かしているせいか、とにかく仕事が遅い。
そして今日は早朝にも掃除したばかりだというのにわざわざもう一度掃除を始めたのは、水に濡れたノツィーリアの方を外に追い出して、寒がる姿を見て面白がろうという魂胆だった。もし侍女頭になぜまた掃除しているのかと追及されても、主であるノツィーリアが水を浴びて部屋を汚したからとでも言い訳をするのだろう。
側妃であったノツィーリアの実母が殺められたのは十七年前、ノツィーリアが六歳の頃。以降、ノツィーリアは義母である王妃や三歳年下の異母妹から虐げられつづけている。
彼女たちから直接手を下されること自体は少なくても、王妃と第二王女の息のかかったメイドたちが日々飽きもせずに様々な嫌がらせをしてくるのだった。
国王である父は、踊り子だった母を大層気に入ったあまり、まず母を歓待するという名目で王城に呼びつけて監禁し、その上で母の所属するキャラバンの人々全員の殺害をほのめかして母を折れさせるという強引な手を使って母を召し上げた。それほどまでに、世界に名をとどろかせた踊り子に熱を上げていた。そのおかげか母が存命の頃はノツィーリア自身もかわいがられてはいた。