修道院育ちの新米侍女ですがお家騒動に巻き込まれたかもしれません
 赤い実が生るカリタキの木を3本。腰ぐらいまでの高さで小ぶりの木なので、そこまで掘り返すのに時間はかからなかった。それを台車に積んで「本館の裏でこれを焼く」とロルフは言う。

「そうですか。よろしくお願いします」

「ああ」

「これ、飲んでください」

 そう言って、レギーナは果実水を差しだした。ロルフは驚いた表情でそれを見て

「これは何だ?」

「わたしが作ったものです。あっ、悪いものは入っていませんよ! 体を少し冷やす香草と、果物を漬けたんです」

 確かに、小さなものでも根を掘り起こすのは力を使う。ロルフはしっとりと額に汗をかいていた。それをぐいとぬぐってから、果実水を受け取る。

「ありがとう」

 一気にそれを飲み干して「はあ!」と声をあげるロルフ。

「さっぱりする。こんなものは初めてだ」

「そのう、あの離れの裏に、すっきりする香草がたくさん生えていたので……ちょっと、ちょっとだけ、拝借して、ですね……」

 レギーナは誰にも聞かれていないのに小声でロルフに話した。それを聞いて、ロルフは大きく笑いだす。

「あっはは、はは、は……すごいな、レギーナは、本当に。なんというか……たくましい」

「た、たくましい!? あっ、でもそれは褒め言葉ですよね?」

「ああ、そうだ。褒め言葉だよ」

「じゃあ、そのう、いいです、嬉しいです」

 ガーデニングテーブルの上にグラスを置いて、ロルフは伸びをした。遠くの空は、青空と茜色が混じってかすかに明度が下がったように見える。

「ああ、夕方になってしまうな……今日もありがとな。あんたには助けられっぱなしだ」

「いいえ。クルトが来てくれると、わたしも楽しいですし! わたしが見ていることで、ロルフさんがお仕事に集中出来るなら、それは嬉しいことですもの」

 そういって、レギーナは笑った。それは彼女の本心だ。きっと、ロルフは庭師の仕事をしながらも、クルトに目を配っていつも気を使っているに違いない。それに、自分は離れで人とほとんど会わず、楽ではあるが少しだけ寂しい。その自覚はレギーナにもあった。

「ロルフさんとも、こうしてお話してもらえて……わたし、その……こちらでは、大きな本館で働くものだと思っていたので、もっと人が沢山いるって思っていたんです」

「そうか」

「でも、実際来たらこの離れに1人だったので……クルトとクラーラが来てくれて助かっていますし、こうしてロルフさんとお話出来てとても嬉しいです。今までずっと修道院で、たくさんの人たちと一緒に生活をしていたので」

 そう口に出してしまうと、なんだか寂しさがつのる気がする。レギーナはぐっとこらえて、無理矢理笑顔を浮かべた。そんな彼女を見てロルフは

「レギーナ。君を本館配属にしてもらえないか、聞いてみようか?」

 と尋ねる。

「えっ、あっ、でもいいんです。その、そうしたら、クルトと遊べなくなりますし!」

 それに、第一庭師にそんな権限はないだろう、とレギーナは慌てて首を横に振った。

「でも、ありがとうございます。ロルフさん、木を燃やすんですよね? 遅くなってしまいます」

「ああ、そうだな……ありがとう。じゃあ、また」

 ロルフはそう言うと、木をたくさん乗せた台車をひいてその場を去るのだった。
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