修道院育ちの新米侍女ですがお家騒動に巻き込まれたかもしれません
 3人でああだこうだと話していると、コンコン、とノックの音が響いた。それを聞いてクラーラは「いっけない。おにいちゃんだ」とソファから立ちあがった。クルトも慌ててそれに倣う。がちゃりとドアを開けて、顔を出すロルフ。
 
「こら、お前たち、今日から新しい先生がいらっしゃるんだろう? 侍女たちが待っているぞ。着替えて出迎えろ」

「「はあ~い!」」

 返事をする2人に、レギーナが「先生、ですか?」と尋ねる。

「あのね、クルトには植物学の先生、わたしには彫刻の先生がつくことになったの」

 その言葉にレギーナはあんぐりと口を開けた。植物学とは一体何だ。彫刻の先生とは一体どういうことを教えるのだ。それを同時に口に出すことは出来ず「え、え、え……」と唸っていると、2人は「レギーナまたね!」と言って部屋からばたばたと出ていく。ロルフは「まったく……」と言って、走っていく2人の背中を通路で見送った。

「ロルフ」

 ようやくしっかり声が出るようになったレギーナは、執務椅子に座ったままロルフに尋ねた。

「うん?」

「あの、わたしたち結婚するんですか?」

「ははっ!」

 またそんな他人事のように尋ねるレギーナの様子がおかしかったので、ロルフは声をあげて笑う。

「なんだ。あいつらから聞いたのか? ったく、黙ってろと言ったのに」

「黙ってろ!?」

「ああ、違う、騙そうとかそういうことじゃなくてだな」

 そう言うとロルフはレギーナに近づいた。

「俺が、あんたにプロポーズしていないのに、勝手にあいつらに言われちゃ困るだろうが。だから、聞いてない振りをしてくれたら嬉しいんだけど」

「!」

 そう言ってにやりと笑うロルフに、レギーナは頬を赤らめながら「い、いいですよ、わたし、何も、何も聞いていません」と目を逸らしつつ言う。

「はは、じゃあ、初めてのように驚いてくれ。レギーナ、俺と結婚してくれないか」

 あっさりと、しかし、はっきりとロルフは言う。それを聞いたレギーナは口を大きく開け、両手でそれを塞ぐというわざとらしいポーズをとってから「うふふ」と笑って

「喜んで!」

 と椅子から立ち上がった。まるでそれを待っていたかのようにロルフは両腕を広げる。そこへレギーナが抱きつけば「良かった。断られたらどうしようかとひやひやした」と、ロルフは安堵のため息をつく。

「そんなわけないじゃないですか。そのう、まだまだ先のことだとは思っていましたけど」

「俺が、耐えられなかった」

「耐えられない?」

「毎日、あんたに会ってるのに、使用人と主人だなんて、やっぱり無理だった」

「まあ!」

 今、レギーナは毎朝彼を起こして、着替えを手伝って、そして「お仕事を頑張ってください」のキスまでを朝の習慣にしている。それをひと月も繰り返した結果、ロルフには更に欲が出て来たということだった。

「あまり我慢が効かない人なんですねぇ」

 あっけらかんとレギーナに言われて、ロルフはさすがに「面目ない」と謝りつつ「でも、自分に素直なのは悪いことじゃないだろう」と言って、軽く口をへの字にした。
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