現れたのは聖竜様と予想外の溺愛でした
しかし、解放されたと喜ぶのは早かった。
王宮を出て早々、例によってあの下品な司祭とお付きの衛兵に馬車に押し込められたのだ。
衛兵はひとりとは言え、莉亜には屈強な男から逃げおおせるだけの脚力はない。
王宮からしばらく馬車を走らせた先で連れてこられたのは、王都の外れであろう静かな塔だった。
「新居でも紹介してくださるのですか、お優しい」
「ああそうだ。お前の終の住処になるかもしれんなあ」
口を動かしながら逃げ場を探っていた莉亜だが、司祭はともかく衛兵はやはり鋭い。
馬車から降ろされたタイミングで、一気に駆け抜けようと思っていた足は封じられてしまった。
そのまま押し込められるように内部へ連れ込まれ、なすすべもなく硬い石畳に転がされてしまう。
「っ」
打ちつけた肩に痛みが走って息が止まる。
それでも起き上がりかけた莉亜の背後で、ガシャンと錠がかかる。
急いで振り向くと、鉄柵の向こうに無表情な衛兵と司祭が唇を歪めていた。
「命までは取らぬそうだ。陛下の恩情に感謝するんだな」
「……一度聖女だと認めた自分のメンツのためでしょ」
莉亜が言い返したのが予想外だったのか、衛兵の鼻筋に皺が寄る。
しかし司祭は嘲笑うように鼻を鳴らした。
「聖女を騙った罪は重い。しかし、新たな聖女は現れた。恩赦──というやつだな。そこの壁を見ろ」
莉亜はふたりを視界の端に留めながら背後に目を遣る。
カビ臭く埃まみれの壁だった。
「ここにはかつて、聖竜様が描かれていた」
そう説明されても壁画らしきものは見当たらない。莉亜が眉をひそめるが、司祭は気にせず続ける。
「きたる二十日後の聖女様お披露目パーティにこの壁画を披露する。それまでに修復しておけ」
「…………は」
余りのことに吐息しか漏らせぬ莉亜は部屋を見渡す。小部屋ではあるが、床から壁までは莉亜の身長の倍ほどの高さがある。幅とて、莉亜が10回は手を広げないと端から端まで届かないほどだ。
ひとりでどうにかできるレベルの話とは思えなかった。
「修復が間に合わねば聖女様への翻意あると見て今度こそ厳正な処罰が下る。せいぜい励むことだな!」
高笑いした司祭は衛兵を伴い、靴音高く踵を返して行った。
その反響音が止まぬうちに莉亜は壁画を眺め、そして彼女の頭ひとつ上にある小窓に飛びつく。
ここにも鉄格子が嵌められていたが、それにしがみつくように覗き込んで──しばし硬直した。
「……うそ」
ざん、と打ち寄せた波が砕ける音と共に、足元に振動を感じる。
視線の高さにあるのは、雨粒の落下を必死に耐えていそうな灰色の空。それと境界線を共にする水平線も空の色を映してか、淀んだ色に沈んでいる。
乗り出せる限り左右を見渡すが、光景は変わらず、陸地が見えない。
鉄格子を支えにして床に降り、改めて部屋を見渡す。
小窓ひとつ、出入口ひとつ。
粗末なベッドに書き物机と椅子。
更にもう一脚、隅に備えられた椅子はひと回り大きいもので、彫刻に泥が詰まっている。
箪笥らしきものに寄りかかるのは、箒を始めとした掃除用具がいくつか。
「……軟禁、いえ、幽閉?」
莉亜に答える声は無い。
崖を背にした孤独な塔。
ここが莉亜に与えられた世界だった。
王宮を出て早々、例によってあの下品な司祭とお付きの衛兵に馬車に押し込められたのだ。
衛兵はひとりとは言え、莉亜には屈強な男から逃げおおせるだけの脚力はない。
王宮からしばらく馬車を走らせた先で連れてこられたのは、王都の外れであろう静かな塔だった。
「新居でも紹介してくださるのですか、お優しい」
「ああそうだ。お前の終の住処になるかもしれんなあ」
口を動かしながら逃げ場を探っていた莉亜だが、司祭はともかく衛兵はやはり鋭い。
馬車から降ろされたタイミングで、一気に駆け抜けようと思っていた足は封じられてしまった。
そのまま押し込められるように内部へ連れ込まれ、なすすべもなく硬い石畳に転がされてしまう。
「っ」
打ちつけた肩に痛みが走って息が止まる。
それでも起き上がりかけた莉亜の背後で、ガシャンと錠がかかる。
急いで振り向くと、鉄柵の向こうに無表情な衛兵と司祭が唇を歪めていた。
「命までは取らぬそうだ。陛下の恩情に感謝するんだな」
「……一度聖女だと認めた自分のメンツのためでしょ」
莉亜が言い返したのが予想外だったのか、衛兵の鼻筋に皺が寄る。
しかし司祭は嘲笑うように鼻を鳴らした。
「聖女を騙った罪は重い。しかし、新たな聖女は現れた。恩赦──というやつだな。そこの壁を見ろ」
莉亜はふたりを視界の端に留めながら背後に目を遣る。
カビ臭く埃まみれの壁だった。
「ここにはかつて、聖竜様が描かれていた」
そう説明されても壁画らしきものは見当たらない。莉亜が眉をひそめるが、司祭は気にせず続ける。
「きたる二十日後の聖女様お披露目パーティにこの壁画を披露する。それまでに修復しておけ」
「…………は」
余りのことに吐息しか漏らせぬ莉亜は部屋を見渡す。小部屋ではあるが、床から壁までは莉亜の身長の倍ほどの高さがある。幅とて、莉亜が10回は手を広げないと端から端まで届かないほどだ。
ひとりでどうにかできるレベルの話とは思えなかった。
「修復が間に合わねば聖女様への翻意あると見て今度こそ厳正な処罰が下る。せいぜい励むことだな!」
高笑いした司祭は衛兵を伴い、靴音高く踵を返して行った。
その反響音が止まぬうちに莉亜は壁画を眺め、そして彼女の頭ひとつ上にある小窓に飛びつく。
ここにも鉄格子が嵌められていたが、それにしがみつくように覗き込んで──しばし硬直した。
「……うそ」
ざん、と打ち寄せた波が砕ける音と共に、足元に振動を感じる。
視線の高さにあるのは、雨粒の落下を必死に耐えていそうな灰色の空。それと境界線を共にする水平線も空の色を映してか、淀んだ色に沈んでいる。
乗り出せる限り左右を見渡すが、光景は変わらず、陸地が見えない。
鉄格子を支えにして床に降り、改めて部屋を見渡す。
小窓ひとつ、出入口ひとつ。
粗末なベッドに書き物机と椅子。
更にもう一脚、隅に備えられた椅子はひと回り大きいもので、彫刻に泥が詰まっている。
箪笥らしきものに寄りかかるのは、箒を始めとした掃除用具がいくつか。
「……軟禁、いえ、幽閉?」
莉亜に答える声は無い。
崖を背にした孤独な塔。
ここが莉亜に与えられた世界だった。