仮面夫婦は仮面を剥ぎ取りたい。〜天才外科医と契約結婚〜
警察に連行される姿を見て、ようやく杏葉は騙されそうになっていたことを理解した。
「身内が恥を晒して悪かった」
壱護は杏葉に向かって深く頭を下げた。
「いえ、助けてくれてありがとうございました」
「お詫びと言っちゃ難だが、俺が話を聞く。俺も外科医なんだ。つーかあいつは外科でも何でもない」
「それも嘘だったんだ……」
何もかもが嘘だったことに杏葉は酷く落胆する。
「妹の怪我を治してくれるスポーツ医学に詳しい外科医の先生を探していたんです」
「ああ、それ俺のことだな」
「えっ!?」
杏葉は声を上げて壱護を見た。壱護は至って真顔だった。
「スポーツ選手なら数多く診てきた」
「あ、あなたが天才外科医の?」
「まあ、否定はしない」
そう言い切る壱護は自信に満ち溢れているというより、淡々と事実を語っているように見えた。
謙遜はないが傲りもない。その堂々とした不遜な態度は何故かカッコよく見えてしまう。
「お願いします、妹をどうか治してください」
今度は杏葉が深々と頭を下げる番だった。
「お金ならいくらでも払いますから!」
「いや、気が早いだろ。まずは妹さんに会ってからでないと」
「……あ、それはそうですよね」
「もしかしなくてもあんたアホ?」
急に突き付けられた「アホ」の二文字に杏葉は咄嗟に反応できなかった。
「叔父は百パー悪いが、あんたもあんただな。ろくに診察もせず、そもそも本人の同意もなくあんな胡散臭い紙にサインしようとするなんて。考えなしにも程があるだろ」