仮面夫婦は仮面を剥ぎ取りたい。〜天才外科医と契約結婚〜
いつの間にか壱護が遠くにいた。
というより、杏葉が引き波に攫われて流されていっているのだ。
「嘘ーー!?」
「戻って来い!」
「無理!!泳げないもん!!」
生粋のカナヅチである杏葉は両手をバタバタさせるも、どんどん流される一方だ。
それどころかどんどん深くなっていっているようで、足が着かない。
「やだーー!!」
軽くパニック状態になる杏葉だったが、突然浮き輪がふわっと持ち上がったかと思うと、杏葉の腰にしっかりと腕が回される。
見れば頭から濡れた壱護が、杏葉をしっかりと抱きかかえていた。
「ったく、何してんだよ」
杏葉を見下ろす壱護の顔が近く、海水の中なのに一気に体温が上昇する。
「〜〜っ!」
さっきよりも密着度が高くなり、言葉が出なかった。そんな杏葉の頭を、壱護は優しくポンと撫でる。
「大丈夫だよ、そんな顔するなって」
怖がって言葉が出ないと思われているのだろうか。
確かに心臓の鼓動はかなり小刻みに刻んでいるけれど、怖かったことが理由ではない。
「だから俺から離れるなよ」
「……っ」
濡れて無造作になった髪型、鍛え上げられた美しい裸体が一段と色気を醸し出す。
この心臓の音は、確実に壱護にドキドキしているせいだ。
壱護はそのまま杏葉を抱え、もう片方の手で浮き輪を引っ張り浜辺まで連れて行ってくれた。
壱護に抱きついている状態になり、杏葉の心臓は爆発寸前だった。しかもほぼ裸同士で密着していることになる。
「ドキドキしすぎ」
「うっ……」
「あんた、ほんとに男慣れしてないんだな」
男に慣れていないのはその通りだけれど、それだけではない気がした。
こんなにもドキドキしてしまうのは、相手が壱護だから――?
「(かりそめの夫にときめくなんて……っ!)」
杏葉は芽生え始めた感情にまだ気づいていない。