仮面夫婦は仮面を剥ぎ取りたい。〜天才外科医と契約結婚〜
「――見せつけてくれるなぁ」
梨本の呟きを聞いて、今のやり取りを完全に見られていたことに気がついた。
「ご、ごめんなさい、新婚だから……」
うふふ、と無理矢理笑みを浮かべながら、頭の片隅でふと思う。
「(もしかして、壱護わざと見せつけた……?まさかね)」
「いいなぁ、僕も結婚したくなっちゃいました」
「梨本さんなら素敵な方と巡り会えますよ」
「だといいですね。僕もこれで失礼します」
梨本はぺこりと会釈をして立ち去る。
梨本の姿が完全に見えなくなってから、杏葉は一気に力が抜けた。へなへなと椅子にへたり込む。
「行ったか」
「壱護!!」
「なんだよ」
「あれは何!?」
真っ赤になりながら杏葉はキッと睨む。
「別に。面倒になる前に切り上げただけ」
「切り上げたって!」
「じゃあ、俺は戻る」
本当に見せつけることが目的だったと言わんばかりの真顔に戻り、壱護は踵を返す。
だが杏葉の心臓はまだバクバクしていた。
「ちょ、ちょっと待って!壱護ってフィギュアやってたの?」
「そうだけど」
「なんで教えてくれなかったの?」
「教える必要あるか?」
スンとした壱護の冷たい表情、冷たい声音。
明確に線を引かれたと杏葉は感じた。
「……ないよね、ごめん」
自分たちはかりそめの仮面夫婦。個人的なことは知る必要がない。
わかっていたことなのに、杏葉の胸にぽっかりと大きな穴が空く。