仮面夫婦は仮面を剥ぎ取りたい。〜天才外科医と契約結婚〜


 壱護は人差し指で唇に引っかかっていた髪の毛を避けた。
 さっきからずっとこの状態だったこと、盛大な勘違いをしてしまった羞恥心で耳まで真っ赤に染まる。


「あああ、ありがとう」

「もしかしてキスされると思った?」

「っ!! ち、違うからっ」


 壱護の意地悪な笑顔にすらときめいてしまうことが、悔しいと思った。


「淡雪先生、ちょっとよろしいですか?」

「あ、はい。今行きます」


 壱護を呼びに来た看護師に返事をしてから、杏葉の頭をポンと撫でる。


「気をつけて帰れよ」

「こ、子ども扱いしてない?」

「ほっとけない奥さんなんでね」


 そう笑うと踵を返して病院へと戻って行った。

 杏葉の心臓はさっきよりもうるさく、なんだかきゅうっと締め付けられるような感覚に陥る。


「っ、ずるい……」


 壱護の背中を見送りながら、切なさで胸が締め付けられて泣きたくなった。

 何気ない言動の一つ一つに翻弄されてしまう。
 その気なんてないくせに、杏葉の気持ちはどんどん膨らんでいく。

 こんな気持ちになるのなら、知らないままが良かった。
 同じ家に住んでいるのかわからないくらいの頃が良かった。

 知ってしまったら、もう戻れない。


「好き……」


 初めて声に出して改めて実感する。自分は壱護に恋をしてしまったのだと。
 でも、この恋は叶うものではない。そう思うと泣きたいくらいに苦しかった。


< 67 / 93 >

この作品をシェア

pagetop