仮面夫婦は仮面を剥ぎ取りたい。〜天才外科医と契約結婚〜
壱護は人差し指で唇に引っかかっていた髪の毛を避けた。
さっきからずっとこの状態だったこと、盛大な勘違いをしてしまった羞恥心で耳まで真っ赤に染まる。
「あああ、ありがとう」
「もしかしてキスされると思った?」
「っ!! ち、違うからっ」
壱護の意地悪な笑顔にすらときめいてしまうことが、悔しいと思った。
「淡雪先生、ちょっとよろしいですか?」
「あ、はい。今行きます」
壱護を呼びに来た看護師に返事をしてから、杏葉の頭をポンと撫でる。
「気をつけて帰れよ」
「こ、子ども扱いしてない?」
「ほっとけない奥さんなんでね」
そう笑うと踵を返して病院へと戻って行った。
杏葉の心臓はさっきよりもうるさく、なんだかきゅうっと締め付けられるような感覚に陥る。
「っ、ずるい……」
壱護の背中を見送りながら、切なさで胸が締め付けられて泣きたくなった。
何気ない言動の一つ一つに翻弄されてしまう。
その気なんてないくせに、杏葉の気持ちはどんどん膨らんでいく。
こんな気持ちになるのなら、知らないままが良かった。
同じ家に住んでいるのかわからないくらいの頃が良かった。
知ってしまったら、もう戻れない。
「好き……」
初めて声に出して改めて実感する。自分は壱護に恋をしてしまったのだと。
でも、この恋は叶うものではない。そう思うと泣きたいくらいに苦しかった。