仮面夫婦は仮面を剥ぎ取りたい。〜天才外科医と契約結婚〜
梨本は穏やかに笑っていた。
だが、その笑顔にはどこか含みがあるような。気のせいだと思いつつ、杏葉は「悪意」のようなものを感じていた。
「――まあ当時の僕は何をやらせても不器用でしたしね」
「そ、そんな風には全然見えないです」
「残念ながら才能がなくて、がむしゃらに努力するしかなかったんです」
「それはむしろすごいことだと思います」
才能だけでオリンピックにはいけない。世界で戦うことがどんなに厳しいことか、杏葉は少しでもわかっているつもりではいる。
「梨本さんは素晴らしいと思います」
心からの尊敬を込めて杏葉は言った。
「ありがとうございます。アズハさんにそんな風に言っていただけるなんて、正直意外でした」
「あっ……妹をずっと見てきているので、努力されてるアスリートの方は尊敬しています」
「ますます意外ですね。あなたがパートナーに壱護を選んだことが」
「どういうことですか?」
「だって壱護は、競技の世界から逃げたのに」
「えっ」
――壱護が、競技の世界から逃げた……?
梨本の言葉に驚いて、思わず立ち止まりそうになった。
その拍子に杏葉のハイヒールがアスファルトの窪みに引っかかり、転びそうになる。
「きゃ……っ」
「危ない!」
咄嗟に梨本が腕を差し出し、受け止めてくれた。